2011年7月11日 (月)

ファンレター

1年ぶりの更新になります。

先日、mixi経由で「朝食はフレンチトーストに」を読んでくださった方からメッセージをいただきました。
このメッセージを開いた夜は、本当に涙が止まりませんでした。 朝まで泣き続けました。
「いつか私に、大切な人がいて、そばにいてくれるならば…」の一文に救われました。 ぼくと息子が生き延びるために書いた文章がだれかの心に響いたとしたら、 こんなにうれしいことはありません。
「ファンレターのようなもの」ということで、少し照れましたが。
以下、本人の同意を得て転載させていただきます。

中山様、はじめまして。

実はお礼を言いたくて、こちらにメッセージを残しにきました。

先日、ふと思い出して気になった映画「クレイマークレイマー」。
フレンチトーストとクレイマークレイマーで検索したら、偶然中山様のブログを見つけました。
それから、最後に書かれた日記から読み始めたのですが、息子さんとの会話の方言に、懐かしさを感じて。
もしかして大分の方かなっと思ったんです。
そして、当たったことにとても嬉しくなって。
それから、過去に遡りながら、中山様のブログを拝見させていただきました。
息子さんとのこと。奥様とのこと。
息子さんと中山様のお二人に力をいただいたのです。
力強くて、そして息子さんとのやりとりのかわいさと悲しさと。力強くて。
自分の人生も時折重ね重ねて、夢中になりつつ、読ませていただきました。

ありがとうございました。
どうしてもお礼が言いたくて、mixiされてること、ツイッターからリンク先が分かり、こちらにたどり着きました。
突然に、すみません。

いつか私に、大切な人がいて、そばにいてくれるならば、その方に、中山様の書かれた「朝食はフレンチトーストに」を教える日がきたらいいな。
と、夢の話です。
そう思いました。 ありがとうございました。

これからもブログにお邪魔させてもらいます。
とてもやさしい気持ちになれるのです。
愛があふれてるからだって、そう思うのです。

ありがとうございました。
息子さんと中山様へ。

長々と、ほんと、すみません。
失礼します。

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2010年6月20日 (日)

そして人生は続く

 今回の記事で「朝食はフレンチトーストに」は終了します。「はじめまして」でスタートして1年が過ぎました。ブログを始めたのには、いくつか理由がありました。

 昨年の冬に妻を亡くし、息子と二人だけの暮らしとなりました。当初、周囲からの意見があって4歳になったばかりの息子には母親の死を知らせていませんでした。しかし、息子の前では妻の話題を避ける周囲の人たちの対応に、ぼくは「このままではいけない」と思いました。息子には死んだという事実を伝え、空から見守ってくれているはずだと教えるべきだと。
 ぼくは百日法要の前に菩提寺の本堂を借りて、息子に話しました。「いいか。これからお父さんが言うことは、とっても大事なことやけん、ちゃんと聞くんよ」。息子はにぶい光を放つ如来像が支配する空間に落ち着かないようでした。「あんな、お前のお母さんな、病気で死んでしまったんよ。死ぬっち分かるか」。息子は「分からん」。「もうな、息をせんごとなって動かんくなるんや。それでな、天国に行ってしまったんや」。息子は何も答えませんでした。おそらく、死を正確には理解できていなかったでしょう。それでも、遠くの病院で治療していると聞かされていた自分の母親が、もう目前に現れることがないことは分かったようでした。息子はうっすらと涙を浮かべ、静かにぼくに抱きついてきました。ぼくは息子を抱きしめました。抱きしめていた数分間が、1時間にも2時間にも感じられました。それが昨年の5月のことでした。

 それから、本当の意味でのぼくと息子の二人の生活が始まりました。息子は、周囲が心配していたように心に暗い影を落とすこともなく、日々の暮らしに笑顔を絶やしませんでした。
 母親の不在に対しての不安感を吐露することはありましたが、息子は状況を受け入れようとする気持ちも言葉にしました。その言葉にぼくは、いつも勇気付けられました。ぼくはそんな息子の言葉を残したいと思いました。そして、大変ではあるけど二人で楽しく暮らしていることを知ってもらいたいとも。その思いがこのブログとなりました。

 とは言うものの、1年前を振り返ると苦闘の日々でもありました。喪失感に悩まされ、責任に押しつぶされそうになり、孤独感にさいなまれて、理解できない病気にもなりました。息子に習って笑顔を絶やさないよう努力していましたが、実はいつもいら立っていました。神さま(がいるのかどうか、今のぼくには分かりませんが…)さえも恨みました。それから、何とかここまで立ち直りました。
 この1年の親子の歩みは特別です。とても大切な時間であり、もうこんな時間を過ごしたくないとも思います。そんな1年を記録したこのブログも、ぼくにとって特別な場所でした。やがて、特別がゆえに封印したいと思うようになりました。ここを卒業して次のステージに進みたいと考えたのです。このブログは本にして残します。息子がこの家を巣立っていくときに渡そうと思います。

 ブログを始めたころは、心がからっぽでした。一年前の記事を読み返すと、言葉にできない沈み込んだ感覚がよみがえります。ブログを始めたのは、親子の時間を記録したいという思いのほか、自信を取り戻したいという気持ちからでした。当時は、やりがいを感じていた仕事から志半ばで離れてしまい五里霧中の状態でしたし、プライベートでも喪失感と闘っていました。そんな中、自信と呼べるほどのものはありませんでしたが、曲りなりにも形にできることといったら、文章を書くことくらいでした。ぼくにとっての「朝食はフレンチトーストに」は、運命に対しての反撃ののろしだったのです。

 そして、文章を綴ることで自分の弱さを認められるようになりました。親の弱さはいら立ちとなって、その矛先は子どもに向かいます。育児に関しては、結果ではなく過程に重きを置き、その過程を見守りたいと思っています。しかし、ストレスでどうにもならなくなると、待てなくなるのです。うまくできないこと、スムーズに進まないことに対していら立ちが募ってきます。ぼくが「風呂に入るぞ」と言えば、息子は「えー、まだ入りたくない」と答えます。待てないぼくが「もういい。お前は入らんでいい!」と怒鳴ると、息子は泣き出します。なぜ「まだ風呂に入りたくない」のか理由を聞く余裕すらないのです。未だにそんなことを繰り返す日々ではありますが、少しずつでも頼れる父親になれるように努力したいと思っています。

 当初はこんなに多くの方が訪れてくれるようになるとは思ってもみませんでした。コメント欄に救われることも少なくありませんでした。みなさんの言葉のおかげで、内に閉じこもることもなくがんばれたのだと思います。相談相手が限られる上に、ぼくは教えを請うことが得意ではありません。そんなぼくがブログで不安や悩みを吐露すると、親身になってアドバイスをくれました。孤独に負けそうなときは、温かい言葉をかけてくれました。らっちさん、kuriさん、まつさん、久住コウさん、湯さん、そのさん、Black Treeさん、ことりさん、きさん、かめごんさん、abcさん、アベシさん、かめポンさん、むーにゃんさん、Kさん、taketomoさん、こやぎさん、gaiuspliniusさん、sakura4703さん、あずさん、あかりさん、へいさん、のべさん。みなさんの言葉のおかげでここまでたどり着きました。ありがとうございました。

 それにしても、です。人生はプラン通りに進みません。どうせ思い通りにならない人生なのだから、好き勝手にさせてもらいます。このブログは終了しますが、またどこかで反撃ののろしをあげたいと思っています。次もキーワードはフレンチトーストです。フレンチトーストと中山カオルを覚えておいてください。

 一年間、本当にありがとうございました。それでは。
 「あとがき」にかえて。

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2010年6月18日 (金)

妻のこと

 34歳で生涯を閉じた妻について。これまで避けてきたわけではありませんが、ぼくの筆力ではこの複雑な気持ちを表現できなかったのです。今も自信はありませんが、思いの一端でも伝わればと考えています。

 先日、郊外の大型スーパーで7800円のスーツを買いました。それについてツイートしました。「妻がいたら、こんなスーツを買わせなかっただろうな。外で働く男にそんな安いもの着させるわけにはいかないって言うに決まっている。そんな人だった」。妻はいつもぼくを一家の主として盛りたててくれました。自らもフルタイムで仕事をしていましたが、まずぼくのことを優先してくれていました。
 家事や育児でも手を抜くことを知りませんでした。ぼくの仕事が深夜にまで及ぶことも多く、一人で息子を寝かせつけた後も洗濯をしながら翌日の夕食の下ごしらえをしていました。一言で表すと負けず嫌いでした。ぼくとは対照的に、決して弱音を吐かない人でした。四つ年下でしたが、見習うことの多い人でした。

 妻については、いつも考えていることがあります。「ぼくと結婚しなければ死なずにすんだのかもしれない」ということです。あまりにも早く訪れた彼女の死は、もし別の人生を歩んでいたならば避けられたに違いないと思っています。忍び寄ってきた死に対して何も抵抗してやることのできなかった無力なぼくは、決して許されることはないでしょう。

 妻は、もう一人子どもがほしいと言っていました。息子にきょうだいが必要だと。自分とぼくが死んでも、きょうだいで仲良く助け合っていってほしいと願っていました。その思いが叶わなくなった今、ぼくは息子が結婚して子どもをつくるまでは死ねないと考えています。ぼくが死んだら、息子は一人ぼっちになってしまいます。それだけは何としてでも避けたい。
 それまでのぼくは、父が49歳で亡くなったこともあり長生きできないだろうしそれはそれで仕方のないことだと思っていました。今は違います。息子が成人したころには、大して役に立たないどころか迷惑を掛けているのかもしれません。それでも、唯一の親として生きていることに意味があると思っています。おそらくは妻もそれを願っているのではないでしょうか。

 ぼくと息子が暮らす家は、妻がいたころと全く変わっていません。クローゼットは未だに妻の服が占領してしていますし、キッチンもあの日のままです。変化といえば、仏壇を用意したくらいでしょうか。仏壇はリビングのテレビの隣に置いています。仏間もあるのですが、あえてぼくと息子が長く過ごすリビングを選びました。息子が少しでも母親を近くに感じられるようにというぼくの思いからそうしました。
 このブログに書いたこともありますが、息子は朝の「おはよう」に始まり、一日に何度も仏壇に向かって話しかけます。返事はありませんが、母親との絆を確認する大切な対話になっていると確信しています。

 もちろん、いいところばかりではありませんでした。妻とは言い争いもよくしました。しかし、それも今となっては思い出です。街中を歩いていても、この店には一緒に来たなあなんて考えてしまいます。
 今はただ、妻が成長を楽しみにしていた息子を過不足なく育てることを考えています。息子は、妻がこの世に生きた証しです。それはぼくの思いで、息子にはそんなことを気にせず自分の人生を歩んで行ってほしいと思いますが。

 空から見守ってくれている妻は、父親としてのぼくをどう評価しているでしょうか。及第点をくれるでしょうか。結構、辛口でしたからね(笑)。どちらにしても、あのころのように「もっとがんばれ」と応援してくれていることは間違いないでしょう。その期待に応えられるように、しかし必要以上に肩肘張らずがんばっていきたいと思っています。

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2010年6月10日 (木)

父の日

 いつものように保育所の帰りに海へ行きました。防波堤で釣りをしていたおじさんに、息子が「何が釣れますか」。そのときの写真をツイッターに添付したら何人かの方に「いい写真ですね」とリプライをもらったので、調子にのってここでも(ツイッターとは別の写真です)。

Photo

 海では息子は仮面サイダー、ぼくは缶ビールを飲みました。アルコールが入ると、それから帰って料理をする気にはなれませんでした。息子がユッケを食べたいと言ったこともあって、焼肉屋に行きました。ユッケとキムチでラムネを飲んで「ここのユッケは、結構おいしいなあ」と言う息子を見て、「これでいいのか」と少なからず不安になりましたが。

 その帰り道です。洋菓子店の前を通ると息子が「あそこ、父の日は終わったに、まだ看板が出ちょんで。悪いなあ」。ぼくが「でも、お前は父の日に何にもせんやったやろ」と言うと、「そうやなあ。いつも迷惑を掛けよんけんな、何かせんとなあ。そうや!折り紙でハートを作っちゃんわ。ぼく、お父さんが大好きやけん」。「お前、迷惑を掛けよんのか」と聞くと、「朝はなかなか起きんし、せっかく作ってくれたご飯もあんまり食べんやろ」と言います。「それだけ分かっちょんなら、ちゃんとやればいいやろ」と返すと、「ぼくは、まだ子どもやけんなあ。できんやろ」と言い訳だけは一人前です。それでも「お父さんが大好きやけん」の一言はぼくを勇気付けました。今週末に折り紙のハートをくれると約束しました。

 カウントダウンが始まってから、かなりの時間が経ちました(←アントニオ猪木風)。あと2本の記事を書こうと思っているのですが、筆が進みません。タイトルだけ先に。「妻のこと」と「あとがき」です。しばらくお待ちください。

※追記(6月12日)
 父の日は6月20日なんですね。今朝の新聞の折込チラシで知りました。息子に「父の日は、まだ終わっちょらんので」と教えると、「そうなん。保育所では終わったっち言いよったけどなあ」とごまかしていました(笑)。とぼけた親子です。

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2010年6月 5日 (土)

大工さん

 「お父さん、いいかな」とあらたまる息子。「どうしたん?」とぼく。「あんな、おれ(最近の得意げなときの一人称)大工さんになりたいんよ」。保育参観で取り組んだダンボール箱の家作りが楽しかったようです。「電車の運転士にはならんでいいか」と聞くと、「そうなんよ。保育所のみんなも運転士になれっち言いよったしなあ。大工さんに変えたら悪いんかなあ」。ぼくが「いいんよ。お父さんも最初はプロ野球の選手になりたかったけど変えたんで」と返すと、「そうなん。 じゃあ、大工さんにするわ。お父さんのお家も作っちゃんわ」とうれしそうでした。

 建築分野の仕事にはぼくも憧れたことがありますので、息子の気持ちはよく分かります。モノをつくることほど、楽しいことはありません。苦悩の先に形が現れて、その過程が報われるのですから。
 息子はダンボール箱の家を通じてモノづくりのおもしろさを感じ取ったのでしょう。息子には、何だっていいのですが夢や目標に向かって努力ができる大人になってもらいたい。ぼくがそんな大人ではないので、とくにそう思います。勝手ですけどね。

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2010年5月31日 (月)

がんばるは成功のもと

 保育所からの帰りです。いつもように港で仮面サイダーを飲みながら他愛のない話をしていたら、パラパラと雨が降ってきました。「帰るぞ! 早く自転車に乗れ」。雨脚は音を立てて強くなりました。息子は「ビショビショやあ。おもしれー」と大はしゃぎ。「お父さん、もっと真剣にこがんと濡れてしまうで。がんばれー」とも。ぼくは「ようし、がんばるぞー」とペダルをこぐ足に力を入れました。自宅に着くと、親子ともびしょ濡れになっていました。まず二人で風呂に入りました。

 自転車をこぎながら思い出しました。
 一年ほど前のことです。仕事を終えて保育所に息子を迎えに行くと、「駅に連れてって。ぼく、電車が見たい」。「駅は遠いやろ。自転車で行くと大変やわ」とぼくが答えると、「がんばれば行けるわ。お父さん、がんばるは成功のもとで」。「おまえなあ、そんなこと言われたら行くしかなくなるやろ。分かったわ。お父さん、がんばるわ」。そのころは体調がよくなかったのですが、自転車に息子を乗せて駅まで行きました。特急ソニックや貨物列車の通過に「すげえ」と喜ぶ息子を見て、がんばってよかったと思いました。

 それからというもの、一日に一度はこの言葉をつぶやいています。とくにつらいなと感じたとき。ぼくにとっては、何よりも効く魔法の言葉です。弱っちいぼくが何とかここまで来れたのは息子の言葉と笑顔があったからだと思っています。

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2010年5月29日 (土)

補助輪はずして

「お父さん、ぼくも補助輪はずして」
 外から戻ってきた息子が息を切らして言いました。近所の子どもたちと自転車遊びをするのですが、少し前に同い年の女の子が補助輪なしで乗れるようになってから補助輪付きは息子だけになっていました。何度か練習するように言ったのですが、「ぼく、怖いわ」とためらっていました。しかし、やはり乗れないことを恥ずかしく思っていたのでしょう。ようやくですが、挑戦する気になったのでした。

 すぐには補助輪をはずせないので、近所で自転車を借りて練習しました。息子が自転車にまたがり、ぼくがサドルを持って支えます。「お父さん、絶対に放さんでな」。怖がりの息子は後ろを見てばかりです。「放さんけん、前を見ちょきよ。ちゃんとペダルをこぐんで」とぼく。それを見ていた近所の子どもたちは、「がんばれえ」と声援を送るだけではなく「もっとスピードを出さんと」などとアドバイスもくれました。中には「何回かこけて血を出さんと乗れるようにならんで」と言う子も。うまく前に進めない息子は「血を出すの嫌やあ」と泣きべそをかいていました。
 30分ほど練習したのですが、あまり上達しませんでした。ぼくは低い位置にあるサドルを持って無理な姿勢で走っていたので、その晩は腰痛気味でした。

 近いうちにこのブログを終えようと思っています。それまでに「乗れました!」と報告したいのですが、さてどうなることやら。

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2010年5月27日 (木)

保育参観

 保育所の参観日。「今日はな、箱でお家を作るけんな」と、息子は朝から張り切っていました。登所して、まずは園庭遊び。しかし、年長組はその前にそれぞれの係の仕事があります。息子は水やり係。プランターの苗に水をやりました(写真)。

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 プランターから水があふれるくらい撒いていました。「台風みたいやなあ」と息子。その後はすべり台に。得意の太鼓橋で「おとうさん、見て見て」と上れるようになったことをアピールしていました(写真)。

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 各組の部屋で朝の会。子どもたちが順番に自分の名前を言っていきました。最後にみんなで「今日は、お休みはいません」。それから、ホールに移動してメーンイベントのお家づくり。親子で協力しながら、ダンボール箱を使って工作をしました。ぼくが「三角お屋根の家にしよう」と切妻造を提案したら、「それはだめや。平ぺったいのがいい」。息子の指示通りに作ったところ、素材の形を生かしたかったのか、直方体のまま。それはまさしく「白い箱」と形容されるモダニズム建築でした。サヴォア邸か、はたまた住吉の長屋か。

 そして給食。係の子どもたちがエプロンと帽子を着用して、みんなの前で「これから給食を取りに行ってきます」。給食室からワゴンを押しながら戻ってくると、「給食をもらって来ました」。配膳も子どもたちでしていました。今日のメニューは魚のごまやき、ごぼうと人参のサラダ(写真)。親たちにも試食がありました。薄めの味付けでした。

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 その後のクラス懇談会では、普段の生活ぶりを聞きました。保育所での集団生活とバランスのよい食事でここまで大きくなったのだとあらためて思いました。保育所の先生方に感謝しています。毎日、嫌がらずに登所してくれる息子にも。

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2010年5月23日 (日)

怪物くん

 土曜日に実写版の「怪物くん」が放送されています。息子はそれを楽しみしていて、今夜は昨日放送分の録画を見ていました。「怪物くん」にはヒロシという両親を亡くした少年が登場します。今回は、怪物くんがヒロシの父親に化けて生き返ったように振る舞っていました。お供たちは「ヒロシくんの気持ちをもてあそんで」と叱責していました。

 風呂の中で息子が言いました。「あんな、怪物くんは悪いんで。ヒロシくんのお父さんになってドラキュラたちに怒られたんで」。「何で悪いん?」と聞くと、「そりゃあ、悪いやろ。ぼくだって、お母さんになったら嫌やもん。死んだ人は生き返らんので」。
 テレビドラマを見るにも、いろいろと考えなければならない5歳児です。彼の宿命なのでしょうか。

 さて、昨年6月に「はじめまして」でスタートした「朝食はフレンチトーストに」ですが、一年で終止符を打とうと考えています。それまでに、書きたかったけど機会を逃してしまっていたことやこれからのことについてを文章にしておきたいと思います。そして、「親子の日々」カテゴリーの記事で本を作るつもりです。

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2010年5月21日 (金)

仮面サイダー

 先日のことですが、「5月病なう」とツイートしてフォロワーさんたちに心配を掛けてしまいました。弱音ツイートはよくないと分かっているのですが、つい漏れてしまって…。2年前とはすっかり変わってしまった暮らしについて、「どうしてこんなことになってしまったのだろう」と考えても仕方のないことを考えてしまっています。

 それと関係があるのか分かりませんが、仕事が終えて保育所に息子を迎えに行くと、そのまま帰宅したくない気分になります。早く帰って夕食の準備をしなければならないのですが、一息入れたいというか、気持ちを切り替える時間がほしいというか。そんな日は息子と海を見に行きます。「これから、お父さんと海に行かん?」「仮面サイダーを買ってくれるならいいよ」。仮面サイダーとはダイドーの自販機で売っている仮面ライダーのベルトが缶に描かれているサイダーのことです。息子はこの缶を集めています。

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 ほんの10分程度ですが、自転車を停めて海を見ながら二人でサイダーを飲みます。「今日は保育所で何して遊んだん?」「今日はガンバライドごっこや」「へえ、すげえな」。そんな話をしながら(写真)。

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 それから帰って、未だに慣れない包丁を握るのです。

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