2010年8月27日 (金)

天国の電車

 ラジオ体操から帰ってきた息子は、「もう一回寝るわ」と寝室に行きました。しばらくして、朝食の準備ができたので起こしに行くと、何か話していました。
「うんうん、そうな。うん、分かった」
 ぼくが「お前、誰と話しよんのか」と聞くと、「お母さんや」。息子の手には妻の携帯電話がありました。妻の鏡台の引き出しにしまっておいたものでした。「これでな、お母さんと話しよったんや」
 息子は続けました。
「お母さんな、天国の電車に乗っちょんっち。ガタンゴトンっち音がしよん」
「へえ、そうなん。その電車は特急やろか」
 ぼくが聞くと、息子は携帯電話を再び頬にあてました。「もしもし、お母さん。その電車は特急? お父さんが聞きよんのや。…そうな、分かった」
 ぼくの方を見て、うれしそうに言いました。
「あんな、普通列車っち」

 ぼくは「ほら、早く起きてご飯を食べんと保育所に遅れるぞ」と急かしました。
「そうや、お父さん。今日な、保育所の帰りに仮面サイダー買っていい?」
「この前、買ったばかりやろ。そうやな、お母さんは買っていいっち言いよんのか」
 息子は「聞いてみる」と言って電話を持ちました。
「もしもし、お母さん。仮面サイダーを買っていいやろ。…そうでなあ。いいわなあ。うん、ありがとう」
 得意げに続けました。
「ほら、買っていいっち。お母さんが言いよんのやけん、絶対に買わんと悪いわな」

 そして、ベッドから起き上がると、こう言いました。
「あ~あ、本当のお母さんと話してえなあ」
 朝から泣かせる息子です。一日中、この言葉が頭から離れませんでした。

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2010年8月25日 (水)

R-18

 最近の息子のお気に入りは志村けん扮する「変なおじさん」。それが見たくて『志村けんのだいじょうぶだあ』のDVDを借りてきました。
 10年以上前に放送されたこのシリーズ。なぜか裸の女性が登場するコントが多いのです。ヒットマンのコントではスコープにヌードが映って鼻血を出したり、エレベーターコントでは女性が突然脱ぎ始めたり…。母親がいないこともあるのかもしれませんが、息子は女性の裸に興味があるようで「おっぱいボヨヨンやあ」と言いながら食い入るように見ています。しかし、教育上どうかと思い見るのをやめさせました。
「こんなの見たら悪いわ」とぼく。
「女の裸んぼうが悪いん?」
「そうや。こんなの大人が見るもんや」
「えー、おれ見てえ」
「子どもは見らんでいい」
「じゃあ、何歳になったら見られるん?」
 ぼくが返答に困っていたら、「何歳な?」としつこく聞いてきました。
「そうやな。大人やけん20歳かな。まあ、18歳でもいいわ」
「18歳やな。今5歳やけん、6、7、8、9…。早く18歳にならんかなあ」
 大人になるのが待ち遠しい様子でした。

 性は苦手な分野です(嫌いではありませんが)。どのように教えていけばいいのでしょうか。

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2010年8月19日 (木)

おれ、すげえやろ

 保育所のプールで「顔つけ」の練習をしている息子。自宅の風呂でも毎日、自主練習をしています。

 先日、友人たちと行ったプールでも練習して自信を深めた様子。今夜の風呂では、「お父さん、数えちょってな。おれ、がんばるけん」と言って頭から湯船にもぐりました。「いーち、にーい、さーん」と10まで数えましたが頭を上げません。自己記録更新です。結局、20まで続けました。息子は顔の水を払いながら、「お父さん。おれ、すげえやろ」とうれしそう。「すげえわ。よく、がんばったな」と返すと、「おれな、お父さんがいつもがんばれっち言いよんけん、がんばったんで」と言うではないですか。「お父さんな、お前ががんばりよんところを見ると元気が出るわあ。ありがとうな」と頭をなでてやりました。

 息子の言う通り「がんばるは成功のもと」ですね。

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2010年8月 3日 (火)

顔を拭かんでいいんで

 息子の保育所では毎日、プール遊びをしています。息子たちの目標は、「顔つけ」ができるようになること。自宅の風呂でも練習しています。昨晩は「おれ、水に顔つけてもタオルで拭かんでいいんで」と湯船に顔をつけました。「ほら、手でこうすれば(タオルは)いらんやろ」。手で顔についた水を払うと、自慢げに言いました。

 水に対する恐怖心は、少しずつですが薄れてきているようです。それでも、まだまだ洗髪にはシャンプーハットが欠かせませんが(笑)。

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2010年7月19日 (月)

お母さんの声

 寝かせつけていたら息子が、「お父さん。あんな、ぼくな、お母さんの声を忘れてしまったんや」。ぼくは「やっぱり」と思いました。もう1年半、母親の声を聞いていないのです。仕方のないことでした。
「お父さんは覚えちょんけどなあ。お母さんの顔は分かるか?」
「顔は覚えちょんわ。丸い顔で、こんな髪で目があって、ぼくと同じ鼻と口があるやろ」
「そうやけど、丸い顔とか言いよったら怒られるぞ」
 ぼくは息子に「明日、お母さんが映っちょんビデオをみるか。そうすれば、声を思い出すやろ」と提案しました。息子は「今、見たい」と言いましたが、「それはダメ。もう寝る時間で」とあきらめさせました。

 ぼくから妻のことを話す場合は、まあいいのですが、息子から突然「お母さん」という言葉を聞くとドキッとします。この感覚は、なかなか分かってもらえないでしょうが…。

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2010年7月17日 (土)

お父さん、おる?

 息子は家の中でもぼくが見えなくとなると、「お父さあん、おる?」と大声を出します。例えば、ぼくがトイレに入っていたら、30秒おきに「お父さあん」と呼びかけてきます。「お父さんはな、トイレに行っちょんのやけん何度も呼ぶな」と言うと、「ぼく、心配になるに。お父さんがおらんくなっちょったら、もう一度と(「二度と」を間違って覚えています)会えんので」。ぼくが洗濯物を干していても「お父さあん」。風呂掃除をしていも「お父さあん」。ぼくから離れられないようです。

 息子は親を失うことに怯えています。ぼくはいつも「お父さん、おらんくならんけん心配せんでいいんで。ずっと、ここにおるけんな」と言い聞かせますが、相変わらず「お父さあん」と叫んでいます。

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2010年7月13日 (火)

雨の日

 「朝食はフレンチトーストに」というブログを終了しようと思った理由の一つに、息子と二人の暮らしが安定してきたことがありました。ぼくも息子も、突然訪れた境遇に対して以前のように違和感を口にすることがなくなりました。受け入れられるようになったと思っていました。しかし、ブログを終えた途端に、息子は寂しさを訴えるようになりました。ぼくはその言葉を文章にして残し、しっかり噛みしめなければならないと考えました。それで、終えたはずの親子の日記を続けているのです。今日の息子も、こんなことを言っていました。
 保育所から帰ってきた息子が「ぼくな、雨の日に園庭を見ちょったら、お父さんが迎えに来ん気がして嫌なんよ」。「何で?」と聞くと、「分からんけど、そんな気がする。晴れの日はそんなことないんやけどなあ」とのこと。先日のことですが、仕事が定時に終わらず迎えに行くのが遅れました。その日は雨が降っていたので、連想したのかもしれません。息子は「ずっとずっとお父さんが来んやったら、一人で保育所におらんといけんなあ」と心配していました。ぼくは「絶対に迎えに行くけん大丈夫で。そんなこと心配せんでいいわ」と抱き寄せました。息子は「うん、分かった。でも、雨の日は好かんなあ」と不安そうでした。

 寝る前に「これ読んで」と『エルマーのぼうけん』を持ってきました。ベッドで読んでやっていると、息子は本ではなくぼくの顔ばかり見ていました。第2章まで読んで「はい、ここまで。続きは明日な」と本を閉じると、息子は「明日が楽しみやあ」と笑顔を見せました。

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2010年7月12日 (月)

ディズニーランド

 風呂で息子が、「お母さんが生きちょんときにディズニーランドに行っちょけばよかったなあ。それやったら3人で行けたになあ」とつぶやきました。そして、ため息をついて「ぼく、お母さんに会いたいなあ。お母さんに会いたいよ」。どうしてやることもできないので、ぼくは「そうやな。会いたいなあ。でも、それはできんわ」と返しました。息子はおそらく、ぼくに気をつかったのでしょう。「そうやなあ、死んでしまったけん無理やわなあ」と続けました。そして、「お父さんは、おれがお母さんの話をするとき元気ねえなあ」。「そんなことねえわ」と笑って答えると、「あっ、元気が出た。よかったあ」
 それから、ぼくは息子が生まれる前に妻と行った東京ディズニーランドの話をしてやりました。息子は「お父さん。絶対に行こうな。約束で」と指切りを迫りました。

 妻のことは二人で毎日のように話すのですが、ここ数日の息子は「会いたい」と繰り返します。何かあったのかもしれません。なかったのかもしれません。どちらにしても母親の不在が息子の心を揺らしているのは間違いないようです。

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2010年7月11日 (日)

お母さんに会いたい

 以前に運営していたブログでは書かなかった(もしくは書けなかった)ことを。

 今朝のことです。おもちゃ部屋からリビングに戻ってきた息子が「お母さん、(侍戦隊)シンケンジャーは知らんわなあ」。手にはシンケンジャーのロボット、海老折紙のおもちゃ。「ぼく、お母さんに会いたい」と今にも泣き出しそうな顔で立っていました。
 侍戦隊シンケンジャーは妻の死の直後に放送が開始されました。当然ですが、妻は見たことがありません。息子は久しぶりに手にしたシンケンジャーのおもちゃで、母親の不在を意識してしまったのでしょう。
 息子は「お母さんに会いたい」と繰り返します。こんなことがたまにあるのですが、ぼくがしてやれるのは抱きしめてやることくらいです。今朝も「お父さんにおいで」と抱き寄せました。息子は声こそ出しませんでしたが、目からは大粒の涙を流していました。ぼくが「これからお母さんのお墓に行くか」と言うと、「そうや、お父さん。お母さんに海老折紙を持って行っちゃったら喜ぶわ」と少し元気を見せました。
 出掛ける前にぼくが整髪料をつけていると、「お母さんに会いに行くけん、かっこつけよんのやろ。おれにもつけて」。少しだけつけてやると、鏡を見ながら「よし、オッケー」とニッコリ。ぼくが着替えていると、「お父さん、もう行くよお」と待ちきれない様子でした。

 墓(納骨堂)は自宅からクルマで10分くらいのところにあります。数珠を手に「お母さん、来たよ。南無阿弥陀仏」と唱える息子を見ていると、自分の無力さが嫌になってきます。そして、それでも子どもはちゃんと育つことをあらためて感じます。
 いつもは笑顔の息子ですが、こんな日もあるのです。母親がいれば考えなくてよかったことで、小さな心を悩ませることもあるでしょう。父親であるぼくに言わない悩みもたくさんあるでしょう。息子はきっと、人の痛みを理解できる大人になってくれることと思います。悩んだ分だけやさしくなれるとぼくは信じています。実際、息子は思いやりのあるやさしい男の子です。

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2010年7月10日 (土)

はじめてのお使い

 7月5~7日の長浜さまでスタートした大分市の夏祭りシーズン。わが家では神楽好きの息子のために市内中心部の祭りを巡ります。今夜は第2弾の浜町恵比寿神社。あいにくの雨模様でしたが、庄内神楽の舞を見物してきました。

 雨があがらないので自宅に戻って夕飯を食べることにしました。冷蔵庫の残り物で何か作ろうと物色していたら、ビールがないことに気がつきました。息子に「なあ、コンビニに行ってビールを買って来てくれん?」と声を掛けると目を輝かせました。ベネッセの教材で読んだ「お使い」に興味があったのです。
「それっち、お使いな」と息子。
「そうで。嫌なら、お父さんが行くわ」
「いい、いい。おれが行く。一人で行くわ」
「それじゃあ、1000円を渡すけん、銀色のビールを2本買って来て」
「分かった」
 一緒に玄関を出て、「ここで待っちょくわ」とぼく。「絶対について来んでよ。一人で行くけんな」。そう言うと息子は、傘をさして近所のコンビニに走って行きました。もちろん、ぼくは見つからないように後をつけました。
 息子は店内に入ると、まっすぐ飲料売り場に行き、アサヒスーパードライ(銀色なので見つけやすいと思ってコレに)を取り出しました。「やるなあ」と思って見ていたら、レジで何やら話し込んでいます。外からでは、どういった内容が分かりませんでした。息子がビールを持たずに店外に出てきたので、先回りして帰りました。
 自宅前に戻ってきた息子は、不満気な表情でした。
「お前、ビールはどうしたんか」とぼく。
「あんな、子どもはビールを買えんのっち」
「お金を見せたんやろ?」
「そうやけど、子どもだけやったらだめっち」
 ぼくは思わず「あ、そうか」。ようやく理解しました。当たり前ですが、未成年者にはアルコール類を販売しないのです。「ごめん、ごめん。お父さんが悪かったわ。一緒に行こうか」と言うと、息子は「一人で買いたい」。せっかくのやる気を無駄にしたくなかったので、「それじゃ、コーラを買ってきて」。息子は「分かった」と言うと、再びコンビニに向かいました。そして、今度は満面の笑みで戻って来ました。
「ほら、ちゃんと買って来たよ」
「すげえな。難しくなかったか」
「簡単簡単。はい、お釣り」
「ありがとう。ようし、ご褒美にお菓子を買っちゃんわ」
 今度は息子と一緒にコンビニへ行きました。ぼくはまず店員さんにお礼を言いました。店員さんは「ちゃんとお買い物ができていましたよ。また、来てください」と返してくれました。ご褒美のお菓子と、息子が「お父さん、はいどうぞ」と棚から持ってきてくれたスーパードライ2本を買いました。

 自宅に戻った息子は仏壇に「ぼくな、お使いができたんで」と報告していました。

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