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2009年10月29日 (木)

お父さんのバックドロップ

 ぼくの敬愛する文筆家の一人、中島らもの短編小説を原作にした「お父さんのバックドロップ」という映画があります。弱小プロレス団体のエースレスラーだった男は会社の方針でヒール(悪役)に転向。男の小学生の息子はそんな父親を恥ずかしく思っています。そんな中、団体の経営が厳しくなり、男は大物空手家との危険な真剣勝負を決意します。会社のためにも、そして息子に父親の“背中”を見せるためにも…。
 公開当時、映画館で見て元気をもらいましたが、息子と二人で暮らす今の方が心に染みます。息子の父親としても、父の子としても。

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 ぼくの父は建設現場を監督する仕事をしていました。家では無口で、ぼくは父の笑い顔を思い出すことができません。教養もある方ではありませんでした。そんな父からぼくが教わったことは二つだけで、一つは野球、もう一つはプロレスの見方です。典型的な日本のブルーカラーというわけです。
 野球はぼくが4、5歳のころからの軟らかいボールでのキャッチボールに始まり、小学生になっても父が仕事から帰って来てから暗くなるまで二人で練習をしていました。小学3年生のときに地元の少年野球チームに入ると、試合を見に来るのですが何も言わなくなりました。プレッシャーをかけたくなかったのでしょうか。真意は今となっては分かりません。そして小学4年生のときに引っ越したのですが、そこには軟式野球チームがなく、ぼくは少しずつ野球から離れていきました。父はぼくを甲子園や神宮球場でプレーする選手にしたかったのかもしれません。そうだとすると、ぼくは不祥の息子だったということになります。
 もう一つのプロレスは、小学校の高学年になり父と話すことがなくなっていく中で唯一の共通の話題でした。今は取り壊されてしまった大分市の荷揚町体育館に父とプロレスを見に行くと、試合の途中に「ああ、終わった」とつぶやきます。ぼくがまさかここでは終わらないだろうと思っていると、本当に3カウントが入るのです。30年近く前のことですので父が本当のプロレスの“仕組み”を知っていたとは思えませんが、プロレスを見る目は確かに持っていました。父は会場でアントニオ猪木がいかに強いかを身振り手振りを交え熱心に語っていました。ぼくはそんな父を頼もしく感じていたように思います。しかし、そんな日々は続きませんでした。

 父は酒好きで、それにまつわるトラブルの多い人でした。それが原因で経済的に厳しい時期もありました。ぼくがまだ小さいころは仕事には熱心に取り組んでいたそうですが、いつしかやる気を失っていました。何があったのかは分かりません。何もなかったのかもしれません。とにかくそれからは、ぼくにとって嫌悪の対象でしかありませんでした。酒ばかり飲んで…というよくある話です。
 ぼくが中学、高校に進むとほとんど話さないようになりました。そのころのぼくは音楽や文学と出会い、自分にも何か大きなことができるのではないかと考える夢見がちな少年でしたので、父の人生をあきらめたような生き方に共感できることは何もありませんでした。ただ、その父に神宮球場の野球で知られる東京の大学に進学することを告げたら、「ああ、○○の大学な。よかったな」と言ってくれました。それがぼくと父が交わした最後の会話でした。ぼくが上京した半年後に他界したからです。

 最近、あれだけ嫌っていた父に似てきているような気がしています。体調がよくないので酒はあまり飲めませんが、仕事に対するモチベーションは希薄ですし、すべてのことに疲れ果てています。会社勤めを始めたころ、飲み屋で父と一緒に仕事をしたことがあるという人に出会いました。その人は「あんたのお父さんはな、目の前に水溜りがあってもまっすぐ歩いて行く人やった」と言っていました。そのときは意味がよく分かりませんでしたが、不器用な人だったということは理解できました。水溜りなんて避ければ汚れずにすむのに、それができない人だったということです。近ごろのぼくも、かなり不器用です。大人らしく社会人らしく器用に振る舞えません。馬鹿には馬鹿と、下らないやつには下らないと言ってやりたくなります。その衝動を抑えることができなくなっています。まるで十代の少年のように、です。そして何より自分が一番馬鹿で下らないことに閉口しています。

 前出の映画のタイトルにあるバックドロップは起死回生の必殺技です。お父さんのバックドロップとは父親としてのプライドだと思います。決してあきらめない姿を子どもに見せ続けられる父親だけが持ち得る必殺技。子どもはそれがあるが故に父親に対して全幅の信頼を置けます。結局のところ、ぼくの父はそんな技を持っていませんでした。もしくは捨ててしまっていました。そして、ぼくもまだルー・テーズのような完璧なバックドロップを身につけていません。このまま父のようになってしまうのか、それとも技を習得して息子の信頼を得られるのか。今まさに岐路に立っています。

 今日は父の19回目の命日です。息子と実家に行き、仏壇に向かって手を合わせました。

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コメント

うちの父さん、その昔「ああ下らん、こんな会社やめちゃん」ってカッコよく?職場を去ったのはいいが、おかげでわが家は経済的に大変になって、わたし思春期には「アンタのせいで東京の大学に行けんやねーか」って荒れ狂いました。。
父は私の怒りの束を全部真にうけ、総白髪になり、眉毛が抜けました。

で、成人して就職したわたしは職場で「ああこんな会社下らん」ってまたもや大荒れし、カッコ悪く会社をやめ、いまは主婦をやっとりますsmile
同じ血が流れちょんのよなdown

時が経って、いま、わたしは父を尊敬…はあんまりしてないけど、その生き方を支持してます。

きっと親に必要なのは技ではなくって、愛だけなんやろうな、って思う。
中山くん、偉そうに言えた義理ではないが、愛さえあれば大丈夫やわ!
そんで心にロックを持ってれば、鬼に金棒なのではないでしょうかhappy01

投稿: かめポン | 2009年11月 2日 (月) 11時32分

かめポンさん

体験談というか、生い立ちにまで踏み込んだ話をありがとうございました。
血って争えないですよね。最近、そう思います。本当は受け入れるしかないんでしょうが、もう少し抵抗してみたい気持ちもあります。
「愛があれば」とぼくも思うのですが、逆に言うとぼくには愛しかありません。ほかには何にもない(笑)。ですので、強さや包容力といった父親としての信頼につながるものを身につけたいと思っています。

投稿: 中山カオル | 2009年11月 2日 (月) 22時57分

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