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2009年12月31日 (木)

久しぶりのフレンチトースト

 大晦日というこもあり、久しぶりにしっかりした朝食を作りました。メニューは「自家製野菜の気まぐれサラダ」と「大分産ハチミツたっぷりのフレンチトースト」。サラダだけではなく、スープにもブロッコリーを入れました。しかし息子の評価は「保育所のフレンチトーストの方がおいしい」。最近、味にうるさいです。

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2009年12月30日 (水)

その後の裏庭菜園

 9月に始めた裏庭の家庭菜園。秋の半ばまではこまめに水をやったり、雑草を抜いたり、葉についた虫を捕ったりと農作業を楽しんでいましたが、近ごろは忙しさと寒さでほとんどほったらかしの状態でした。
 それでもブロッコリーが形になっていたので、ほかの野菜も一緒に収穫しました。虫に食われてしまったり、収穫期を逸したりと残念な結果に終わった野菜も多いのですが、とりあえず二人で食べる分は集まりました(写真)。

Photo_2

 白菜、ほうれん草、大根、レタス、トマトにブロッコリーです。白菜と大根は鍋物に、そのほかはサラダにしようと思っています。

 どの野菜も思ったほど大きくなりませんでした。土がよくなかったのか、肥料や水が足りなかったのか、日当たりの問題なのか、原因はよくは分かりません。春の野菜には、もう少し勉強して取り組みたいと思います。

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2009年12月29日 (火)

気配

 昨晩は職場の忘年会でした。今年の忘年会出席はこれだけ。体調がすぐれなかったこともありアルコールは生ビール2杯だけで、あとは炭酸ドリンクにしました。こんなに飲まない飲み会は生まれて初めてだと思います(笑)。

 息子の面倒は妹に頼んでいました。妹に自宅まで来てもらって食事と寝かせつけをしてもらっていました。ぼくが2次会で失礼して自宅に帰ると12時を過ぎていました。電気が消されて、息子と妹は眠っていました。ぼくが着替えて寝室でツイッターを見ていたら、バタバタバタとリビングを挟んだ和室から息子が駆けてきます。「お父さん、帰ったら教えてよ。待っちょったんで」と言って、いつもぼくと寝ているベッドに入りました。「お父さん、一緒に寝よう」とうれしそうです。「そうやな。さあ、寝よう」。それから息子は安心したのか、すぐに眠りました。

 翌朝、妹に聞いたところ、息子は眠っていたのですがぼくの気配に気づいて起きたそうです。ぼくはそうっと家に入ったつもりでしたが、親の気配は分かるんですね。そして今晩。寝かせつけていたら、こう言いました。「やったあ。今日は最初っからお父さんと眠れるんだあ」。親として最高にうれしい言葉でした。

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2009年12月25日 (金)

サンタを見たんで

 わが家にもサンタクロースがやって来ました。息子が目を覚ますと、枕元に大きな袋がありました。「すげえ、サンタが来ちょん」と大はしゃぎ。早速開けると中からは仮面ライダーダブルの変身ベルトが。「やっぱりサンタはすげえなあ。どこのお店も売り切れちょったになあ」と感謝していました。ぼくは妹に感謝しました。

 そのベルトを腰に巻いて息子が言います。「ぼくな、サンタさんをチラッと見たんよ」。えっ、見られた? ドキっとしたぼくは、「ほんと? どんな服を着ちょった?」と平静を装ってたずねました。「赤い服を着てて、ズボンも赤やな。帽子も赤で、服には白いボタンもあったなあ」と息子。「ぼくな、サンタに気付かれんようにチラッと見よったんや」。「そうなんか。やっぱりサンタは赤い服か」。ホッとしたぼくは答えました。夢なのか想像なのか分かりませんが、遠くの国からトナカイのそりに乗ってやって来るサンタクロースに会えてうれしかったようです。

 そして今夜。寝かせつけていると息子が、「クリスマスツリーを付けて寝たら、サンタさんが間違えて今日も来んかなあ」と欲張ります。「来るわけねえわ。絶対に来んけん、いらんこと考えんで早く寝よ」とぼく。「絶対に来ん?」「絶対に来ん。お父さんが言うんやけん、間違いない」。息子は「そうかあ」と言うと、すぐに眠ってしまいました。寝顔を見ながら、この子はいつまでサンタクロースの存在を信じるのかなあ、と考えたりしました。あと4、5年は大丈夫だと思っていますが、さあどうでしょうか?

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2009年12月17日 (木)

ぼく、結婚するわ

 息子が結婚を決意したようです。相手は保育所の同じ組のHちゃん。息子は以前、「ぼく、結婚せんけん」と言っていたはずなのですが…。「お前な、結婚は好きな人としかできんので」とぼくが言うと、「ぼくな、Hちゃんが好きなんよ」。そうですか。だったら、お父さんは何も言いません。

 この一月ほど、毎日のようにHちゃんからの絵のプレゼントをもらっていました。はじめのころは「あんな、Hちゃんがな、ぼくとHちゃんの(二人を描いた)絵をくれるんよ」と不思議がっていた息子ですが、やがて「今日もくれたよ!見て見て」と喜ぶようになっていました。息子からアプローチしたのか、押しに弱い息子が落ちたのか分かりません。初恋と呼べるものかどうかも分かりませんが、二人の行方を見守りたいと思っています。

 以前、こんな会話をしました。ぼくが「お父さんな、お前が結婚した後もこの家に一人で住もうと思うんよ」と話すと、「お父さんがおらんと、ぼく、さびしい。そうやけん、ぼくのおうちの隣に住みよ」と言います。「一緒に」ではなく「隣に」というところに、思わず笑ってしまいました。
 息子は息子なりに将来像を持っています。場所は熊本です。息子は市電の運転士になるつもりです。「お父さん、ときどきご飯を食べに来てもいいよ。おいしいビール(プレミアムモルツのこと)も買っちょっちゃん。そのときはぼくも大人やけん、一緒に飲めるなあ」と想像します。「そうやなあ、お父さんはうれしいけど、隣に住むとお前の奥さんが嫌がるかもしれんよ。お父さんはこの家でいいわ」と言うと、「いい、いい。大丈夫やけん、お父さんは隣に住みよ」とすすめてくれます。とてもありがたい話ですが、いつまでそう言ってくれることやら。20年後?が楽しみです。それまで、元気でいないとなあ。

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2009年12月12日 (土)

最後の親知らず

 上の歯の右奥の親知らずを抜きました。4本目で、左下にはじまり5年以上かかってようやく治療が終わりました。

 最初は左下でした。ずいぶん前から痛んでいたのですが、歯を抜くという行為に恐れを抱いていて我慢していました。それでも痛みは容赦なく襲いかかってきます。痛みはどんどん増していきました。ぼくは口ぐせのように「いてぇ、いてぇ」と繰り返していました。それを見ていた妻は「早く歯医者に行けばいいのに」と受診をすすめましたが、恐れをなしたぼくは拒否していました。それでも口を開けば「いてぇ、いてぇ」とそればかり。妻はこんなウジウジした男を許してはくれません。ある晩、ぼくが仕事から帰ると、「明日、10時に歯医者に行きよ。予約しちょったけん」と言います。「ええっ、いいわ。行かん…」とぼくの話が終わる前に、「だぁめ。絶対に行きよ」と怖い顔でかぶせてきました。ぼくは「はい。分かりました」と答えるしかありませんでした。

 その翌日、左下の親知らずを抜きました。隣の歯に食い込んでいたので、1時間を越える抜歯でした。1週間後に右下。それもまた1時間近く。それで治療は一旦終了しました。歯科では上の歯も抜くようにすすめられましたが、痛くもない歯を抜く気にはなれませんでした。しかし今回、口の内側を引っ掻くようになっていたので再び重い腰を上げました。

 妻はいつだって強引でした。優柔不断なぼくが悩んでいると、「これにしよ」と勝手に決めていました。そんな妻も自分の親知らずは抜かないままでした。「まだいい」「子どもを産んだ後」「仕事が忙しい」と理由を並べては逃げておりました。いつもは即決、即行動の妻でしたが、親不知ばかりは二の足を踏んだようです。

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2009年12月11日 (金)

アメイジング・ジャーニー

 手元に一枚の使われることのなかったチケットがあります。表には「THE WHO さいたまスーパーアリーナ 2008.11.16」と刷られています。イギリスのロック・バンド、ザ・フーの初単独日本公演のチケットです。一緒に見ようと大学時代の先輩が送ってくれたものです。しかし当日、ぼくはさいたまスーパーアリーナには行きませんでした。妻の体調が思わしくなかったからです。

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 その来日公演の直後に一部の都市で公開されたザ・フーの伝記映画「アメイジング・ジャーニー」のDVDを貸してくれたのは会社の後輩です。ロジャー・ダルトリーが大好きな彼女はビートルズやローリング・ストーンズと比較して著しく低い日本におけるフーの認知度に憤り、そして孤独なファンゆえに語り合える仲間を探していました。そんな彼女に来日公演が実現することを伝えると、狂喜乱舞してチケットを予約していました。彼女が見たのは横浜アリーナ公演で、行けなかったぼくにキーホルダーやポスターをお土産でくれました。前出の先輩もTシャツを送ってくれました。

 「アメイジング・ジャーニー」では1965年にデビューしたフーの歴史を振り返ります。モッズに愛されたデビュー当時。ポップ・アートやロック・オペラを経てロック史に打ち立てた金字塔「フーズ・ネクスト」。「トミー」での成功。そしてキース・ムーンの死。映画はバンドの光と影を伝えています。ピート・タウンゼントは言います、「ザ・フーとは音楽だけではない。服装、発言、態度、すべてだ。ザ・フーとは現象なんだよ」と。
 ぼくはそんなフーに心酔しました。十代の終わりごろ、フーばかり聴いていました。米軍放出のアーミーコートをまとって上京したぼくは、洋服の並木で細身のスーツをオーダーしました。リッケンバッカーも手に入れました。その米国製のセミアコースティックギターで、甘ったるいポップ・ソングを書きました。モッズを気取って、明治通りを横切りました。そんなぼくも、もう39歳です。15kgを超える贅肉をまとい、白髪も増えました。体力は落ちたし、最近のテクノロジーにはついていけません。10年以上乗ったベスパ125ET3は廃車にしました。それでも、ぼくは今もモッズです。フーがこの世の存在する限り、ぼくはモッズであり続けたい。この伝記映画を見て、そう思いました。そしてこの映画こそが、ぼくにとっての「THE WHO さいたまスーパーアリーナ 2008.11.16」だったのでした。

 妻はぼくが来日公演に行けなかったことを悔やんでいました。「今度来るときは絶対に行きよな」と言っていました。もちろん、フーが再び日本にやって来ることがあれば、絶対に見てやろうと思っています。

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2009年12月10日 (木)

自由って一体なんだい

「お父さん、自由っち何?」

 息子と風呂で仮面ライダーの主題歌を歌っていました。息子がボーカルで、ぼくが「チャラッチャラチャラッチャラ」というバックの演奏。息子は曲の終わりのナレーションまで完全コピーします。

「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは世界征服をたくらむ悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと闘うのだ!」

 ここで冒頭の質問です。「仮面ライダーは人間の自由のために闘いよんのっち。自由っち何?」。重い、のぼせた頭で考えるにはあまりにも重い質問です。ぼくは即答できませんでした。「分からんの、お父さん」としつこく問い詰める息子。「ええっとなあ。あんな、自由はな、お前が電車の運転士になりたかったら、一所懸命に勉強したらなれるっちゅうことやな」。そりゃ職業選択の自由だろう、と自分で自分にツッコミを入れたくなる答えしか出てきませんでした。「まあ、ちゃんとしたことはな、今度な、教えちゃんわ」と言うと、「絶対、教えてな」と釘を刺されました。
 困りました。難しい宿題をかかえてしまいました。誰かの言葉を引用しようと思うのですが誰がいいのか。リンカーンか、キング牧師か、それとも板垣退助か、福沢諭吉か。尾崎豊も「自由っていったいなんだい」と歌っていたよなあ。はてさて、何と答えるべきか。「北朝鮮にないもの」では答えになりませんよね。

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2009年12月 6日 (日)

妻の仲間

 妻の友人、というより仲間のみなさんがお参りに来てくれました。ぼくと知り合う以前の妻のことなど、初めて耳にする話も聞かせてもらいました。妻は「人のために何かをしてあげたら、回りまわって自分に返ってくる」と話していたそうで、実際にせっせと人の世話を焼いていました。 
 今、ぼくと息子がその恩恵にあずかっています。妻の世話になったという方たちが、ぼくらのことを心配して声をかけてくれます。本当にありがたいです。

 空から見守ってくれているんだなあと感じるこのごろです。

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2009年12月 5日 (土)

クリスマスプレゼント

 休日はほとんどすべての時間を息子と過ごします。常に一緒にいるので、クリスマスのプレゼントを買いに行くことができません。そこで、市内に住む妹に「午前中だけ面倒を見てもらえんかな」と頼んでみたところ、「いいよ」とのこと。調子にのって「3時ごろまでは?」と聞くと「別にいいよ」。というのも、前日に「グラン・トリノ」のことを書いたら、映画を見たくなったのです。候補は2本。「パイレーツ・ロック」は昼からの上映だけでしたので断念。もう1本の「沈まぬ太陽」を見に行きました。山崎豊子の同名小説を映画化した3時間半の大作でした。仕事、会社、家族、そして男の生き様について考えさせられました。

 3時間半の大作だったため、映画を見終わると残りの時間が少ない。あわてて近くのヤマダ電機に行くと、息子が欲しがっていた仮面ライダーダブルの変身ベルトは売り切れ。トイザらスに向かうとそこには駐車場に入れないクルマの長蛇の列が…。そこに並ぶ時間はなく、あきらめて息子を迎えに行きました。

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 夕方、妹から電話がありました。「今、ヤマダ電機(ぼくが行った店舗とは別)にいるけど、ダブルの変身ベルトあったよ」と。近くに息子がいたので悟られないように「ああ、あったん。お金をあとで渡すけん買っちょって」と頼みました。

 感謝です。持つべきは妹ですね。

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2009年12月 1日 (火)

息子の涙

 今朝、保育所前で息子を自転車から降ろすと、息子はサンダルを履いていました。保育所はサンダル禁止です。慌ただしく自宅を飛び出したので見逃していました。出社するにはギリギリの時間でしたが、仕方がないので息子を保育所にあずけて自宅まで靴を取りに帰ろうとしました。すると息子が泣いています。「お父さん、ぼくも連れてって。ぼく、恥ずかしい」と。「お父さんな、一人でビューンっち行ってくるけん待っちょきよ」「いやや。お父さん、お願い。ぼくも連れてって」
 泣いているので、担任の先生が「どうしたん?」と話しかけてきました。ぼくが理由を話すと、なぜか先生の目にも涙が浮かんできました。「お父さん、この子な、保育所では絶対に泣かんのよ。やっぱり、お父さんに迷惑をかけたら悪いと思って我慢しちょったんやな」と言いました。そして、「おうちでは泣くんやな。泣くとこを見て、安心したわ」とも。息子は「男は人前で泣いたらいけん」というぼくの言いつけを頑なに守っていたそうです。
 どうやらぼくは妻がいなくなって必要以上に我慢を強いていたようです。それは母親がいなくても、まっすぐに生きていってほしいというぼくの思いからでした。ぼくは泣いている息子に「よし、お父さんと一緒にビューンっち取りに行こう」と言って抱き上げました。そしていつものように「男が人前で泣くな」と頭をなでた後に「でも、泣きたいときもあるわな」と続けました。息子は「ごめんなさい。あんなお父さん、ハンカチ貸して」と笑いました。

 夕方、保育所に迎えに行くと息子は笑顔でした。「みんなにな、何で泣きよったんっち聞かれたけん、靴を間違えたっち教えちゃった」と話してくれました。
 自宅に着いて最初の仕事は洗濯物をたたむことです。息子は「全部ぼくがするけん、お父さんは遊んじょって」と言います。今朝のことを申し訳なく思っているようです。ぼくが手伝おうとすると「せんでいい」と拒否します。「へえ、お前、上手やなあ」とほめると、「お母さんがしよったの、チラッと見よったけん知っちょんのや」と教えてくれました。
 しかし、そこは4歳児。不恰好にたたまれた洗濯物の山が出来上がりました。その山を見ていると涙が出てきました。息子が「どうしたん?」と言うので、「お父さんな、とってもうれしいんや。うれしいときも涙が出るんで」と抱きしめてやりました。すると息子は「ぼくな、料理も手伝っちゃん」と勢いづくのでした。

 もちろん、今日のことは仏さまに報告しました。ぼくたちの子はまっすぐ育っているよ、と。

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