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2010年2月 8日 (月)

お母さん、なんでおらんの

 スーパーボウルのThe Whoについて書こうと思っていました(タイトルも「フットボールの魔術師」に決めていました)が、それはまた後日に譲ります。

 今夜の息子は「お母さん」という言葉をよく口にしました。
 二人で夕食を食べていたら、ご飯をミッフィの形にする型をキッチンから持って来て「これな、ぼくがお母さんに買ってっち頼んだら買ってくれたんで」。また、「お父さん、ここに缶詰があるよ」と言うので「それな、お母さんが買っちょってくれたんで」と教えると、大きな声で「お母さん、ありがとう」。
 寝かせつけていると「ぼくのお母さんが死んだことな、保育所の先生たちは知っちょんのやけど子どもたちは3人しか知らんのや」「いつもお父さんが迎えに来るやろ。ときどきお母さんはどうしたんっち聞かれるけん、死んだっち教えちゃるに」。そして、「保育所は先生がおるけんいいけど、わさだタウン(大分市郊外の大型店)とかに行ったとき、知らん子に『あの子、お父さんと二人やな。お母さんがおらんのやな』とか何度も何度も何度も言われたらどうしょうか」と話します。ぼくが「そんなこと言う子はおらんわ」と答えると、「でもな、何度も何度も何度も言われるかもしれんで」。「そんな子がおったら、お父さんがやっつけちゃんけん心配するな」とぼくが言うと、息子は「大人が子どもをやっつけたらわりいやろ」と笑ってみせます。対照的にぼくの目からは涙がこぼれました。
 確かに息子の言う通り、いつも二人です。わさだタウンに行ってもジョイフルに行っても、周囲は楽しそうな家族連れです。お父さんとお母さんがいて子どもたち。一方、ぼくらは二人きり。待っていても息子の母親はやって来ません。
 いつも笑顔の息子ですが、周りとの環境の違いを意識し始めているのは間違いなさそうです。ぼくは以前と同じ説明をするしかありませんでした。「お母さんはな、お空の星におるし、おうちの仏壇にもおるし、お墓にもおるし、写真にもおるけん、いつもお前を見ちょんので。だけんな、寂しくないんで」。息子は「そうやなあ」と答えはしましたが、置いてある家族写真に向かって「お母さん、なんでおらんの」と問いかけていました。ぼくは「お父さんがおるけん大丈夫や。心配するな」と言うのがやっとでした。

 寝かせつけた後、心を落ち着かせるために書いています。本当に本当に本当に涙が止まりません。

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コメント

息子さんと中山さんは、寂しさという同じ思いを共有して、また今日から共に助け合いながら過ごしていくのですね。
奥様のことを、よろしければ少しずつでも教えて下さい。僕も同じ思いを共有できる…とは言いませんけど。

投稿: むーにゃん | 2010年2月 9日 (火) 07時13分

確かにどうしようもないことだよね。
彼女に会えないことも。話せないことも。ご子息を抱き締めてあげられないことも。

彼女も、きっともどかしさを感じているでしょうね。ご飯作ってあげたい。おかえりって言ってあげたい。笑ったり怒ったりしたいだろうね。
彼女の無念さを思うと、悲しみとか、諦めとか、怒りとか、いろんな思いが沸き起こってきます。

彼女だって…。

投稿: K | 2010年2月 9日 (火) 22時11分

むーにゃんさん

おそらく保育所で何か言われたのでしょう。
実はもっと早い時期にこんなことを言うのではないかと思っていました。息子は彼なりに我慢していたのだと思います。これからの彼は寂しさを払拭するとともに不安と対峙しなければなりません。スタンダードとのズレ(これを個性として受け入れられる社会であってほしいと思います)に、われわれ日本人は不安を感じます。しかし、これを意識することで本当の自我が芽生えてくるのだと思います。むーにゃんさんも父親として何をすべきか模索していることでしょう。ぼく自身、不安と向き合うことは得意ではありませんが、息子の不安はしっかり受け止めてやりたいと思っています。

投稿: 中山カオル | 2010年2月10日 (水) 00時19分

Kさん

息子は「母親の不在」を正確に理解し始めたのだと思います。だから、不安が募ってきたのでしょう。
今夜も言っていました。「ぼくな、お父さんが世界で一番一番一番好きやけんな」。母親に向けるはずだった気持ちをぼくにぶつけているのです。だから答えてやりました。「お父さんもお前を世界で一番一番一番好きやけんな」。

投稿: 中山カオル | 2010年2月10日 (水) 00時31分

…切ないね。

乗り越えなくていいから、2人でうまく?受け入れていけるといいですね。

投稿: K | 2010年2月10日 (水) 12時14分

Kさん

今夜も寝かせつけていたら、ぼくのことを「お母さん、お母さん」と呼んで寄ってきました。そして「しまじろうはいいなあ。お母さんとはなちゃん(妹)がいて」。こんなことを聞くと、胸が張り裂けそうになります。
おっしゃる通り、二人で受け入れて乗り越えなければなりません。ただ、どの家庭にも乗り越えなければならない壁があるのではないでしょうか。それがわが家では「母親の不在」だったというだけのことです。そう思うようにしています。

投稿: 中山カオル | 2010年2月10日 (水) 22時29分

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