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2010年3月31日 (水)

年長さん

 息子を保育所に迎えに行くと、いたるところで離任する先生との別れのシーンが見られました。別れの意味が分からないのか、子どもたちはあっけらかんとしているのですが、先生とお母さんたちは目に涙を浮かべていました。
 ぼくと息子も異動する先生にあいさつしました。その先生は以前通っていた保育所でもお世話になっていて、母親がいない息子をいつも気にしてくれていました。先生は息子に「よくがんばりよったな。先生は知っちょんので。これからもお父さんの言うことをよく聞いてがんばるんで」と泣きながら言ってくれました。先生、本当にありがとうございました。

 息子は明日から年長組です。その自覚があるのか、風呂で「シャンプーハットはせんでいいわ」。シャワーの前に座り、目を閉じました。「本当にいいんか」とぼくが聞くと、「いいけん。早くして」。シャンプーでゴシゴシ洗ってやると、息子は「ほらな、大丈夫やろ」。シャワーで流すと、「ちゃんとできたやろ」。そして、「もう年長さんやけんな。これくらいできんとな」と自慢げです。「風呂から出たら、お兄さん洗いができたよっちお母さんに言っちょきよ」とすすめると、湯上りの息子は体を拭くのもそこそこに、仏壇まで駆けて行って報告していました。

 いつものように布団の中でおしゃべりをしていると、「ぼくな、お父さんのお手伝いをしようと思って『せいかつの図鑑』を買ってもらったんよ」。「せいかつの図鑑」とは、箸の持ち方や洗濯物のたたみ方、包丁の使い方など子供向けに衣食住の方法をまとめた本です。

せいかつの図鑑 (小学館の図鑑 プレNEO図鑑) せいかつの図鑑 (小学館の図鑑 プレNEO図鑑)

著者:流田 直
販売元:小学館
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 「野菜の乱切りはぼくがやっちゃんな。図鑑にやり方が載っちょった。お父さんは、休んじょっていいよ」と言ってくれました。「お父さんはいつも疲れたっち言いよんけんな、ぼくがやっちゃんわ」と。ぼくは息子の成長を感じて、うれしくなりました。確かによく「疲れた」と言いますが、心配してくれていたなんて。親は少し情けないくらいの方が、子どもがよく育つのかもしれませんね。しっかりしなければという思いと息子への感謝の気持ちで、胸がいっぱいになりました。

 さあ、明日から4月。ぼくも息子も新しい生活のスタートです。一緒にがんばろうな!

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2010年3月27日 (土)

咲いた咲いた

 裏庭に植えたチューリップが咲きました(写真)。

Photo

 球根の袋には赤、黄色、ピンクの3種類とあったような気がするのですが、すべてピンクでした。手前の一輪を仏壇に供えました。仏さまにも春が来ました。
 息子はぼくの頬に「チュッ」と口をつけてから「リップ」と言って喜んでいました。キスの「チュー」とチューリップの「チュー」を掛けているようです。「リップ」が唇を意味することは知らないと思います。

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2010年3月25日 (木)

終了式

 保育所の卒園式に行きました。年中組の息子たちにとっては終了式になります。送り出す側の息子たちは卒園児に「おにいさん、おねえさん、小学校に行ってもがんばってね」と声を揃えてエールを送っていました。卒園児の保護者代表あいさつは、感動のあまり始める前から涙がこぼれていて声になっていませんでした。

 ぼくは妻のことを思い出しました。妻は2年前、息子が以前通っていた保育所(3歳児以下の施設でした)の卒園式で保護者の代表としてあいさつをしました。ぼくは仕事で行けませんでしたが、前夜には一緒に原稿をチェックしました。そのあいさつを見た方から「よかった」「感動した」と聞きましたし、妻自身も「よくできた」と言っていましたのでそうだったのでしょう。妻の死後、息子の同級生のお母さんから妻のあいさつを録画したDVDをもらいましたが、実はまだ見ていません。それを見た自分がどうなるか分からず、怖くて見られないのです。

 このブログでは妻のことをあまり取り上げていません。理由は簡単です。どう書けばいいか分からないからです。つまり、死ということに対してぼく自身の心の整理が未だできていないのです。死の意味を考えれば考えるほど分からなくなります。最近では意識して考えないようにしています。精神的に耐えられなくなるからです。一方で、息子とは妻の話をよくします。楽しい思い出から怒られたことまで、たくさん話します。忘れないでもらいたいからです。

 式の後は、年中組の部屋で「がんばり賞」(先生からのメッセージが書かれたクラス写真)をもらいました。名前を呼ばれて、「はいっ!」と前に出ます。受け取ったがんばり賞を頭上に掲げ「大きくなったよ」と言う息子を姿を見ていたら、自然と涙が出てきました。おそらくは妻も空の上で泣いていたのだと思います。小雨でしたし、とにかくよく泣く人でしたから。
 帰宅してすぐ、息子に報告させました。仏壇に向かって「大きくなったよ」と言っていました。

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2010年3月23日 (火)

お父さん、無理すんなよ

 「ヘックシュン」
 風呂上がりのことです。くしゃみが出たら、なぜか息子が「お父さん、水を持って来ちゃろうか」。ぼくが「大丈夫で」と答えると、「そうなん。お父さん、あんまり無理すんなよ」。

 心配してくれて、ありがとう。お父さんは二人の暮らしを守るために少しだけ無理をしています。でも、本当に大丈夫だよ。

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2010年3月18日 (木)

アンパンマンの皿

 昨晩は息子を寝かせつけながら、そのまま眠ってしまいました。時どきあるのですが、その翌朝が大変です。保育所の荷物を用意していませんし、炊飯の準備もしていません。急いで米を研いで朝食と弁当を作りました。
 時間がないのでぼくは焦っているのですが、息子はマイペース。のんびり着替えて、のんびり食べていました。「早く食べろよ」と注意しても急ぎません。それでいら立っていたのかもしれません。皿を落として割ってしまいました。いつも息子が使っているアンパンマンの皿です。この皿は妻が息子のために同じ柄のコップとセットで買ってきたものでした。息子はそれまでぼくが怒っていたこともあり、「ぼくが悪いん?」と聞いてきました。ぼくは「違うよ。お父さんが悪いんで。大事なお皿を割ってしまったわ。ごめんな」と謝りました。「このお皿な、お母さんがぼくのために買ってくれたんで」と息子。「そうやなあ。仏壇にごめんなさいっち言っちょくな。今度の休みの日に同じお皿を買いに行こう」と答えました。

 夕方、保育所からの帰り。自宅の近くの空き地の前で息子が「お父さん、止まって」。「どうしたん?」「あそこにクローバーがある。四葉のクローバーがあるかもしれん」。ぼくが「四葉のクローバーとか知っちょんのや」と言うと、「おばちゃんがな、四葉を見つけると幸せになれるっち言いよった」。「よく知っちょんな。そうやけど、今日は早く帰ってご飯の準備をせんと悪いけん、また今度な」と再び自転車をこぎ始めると、「いつもお父さんに急ぎよっち怒られるけん、四葉のクローバーがあれば幸せになれるかなっち思ったんや」。「お父さんは怒ってばっかりか」と聞くと、「うん、そう」。「そうやなあ。そうかもしれんなあ。ようし、今度の休みの日にな、幸せになれるように一緒に四葉のクローバーを探そうな。お父さんも怒らんようにするけん、お前も怒られんようにしような」と提案すると、「うん。分かった」。

 待つことの難しさを感じます。自分に余裕がないと、待つことが出来なくなります。仕事でもそうです。後輩の仕事が遅くても待ってやらなければなりません。その間に後輩は多くのことを学んでいるのです。ぼくは、遅いから、時間がないから、と息子を急かし過ぎていたのかもしれません。息子には息子のペースがあります。少し反省しました。

 週末はパークプレイス(大分市郊外の商業施設)に皿を買いに行って、近所の空き地で四葉のクローバーを探すつもりです。そしてお彼岸ですので墓参りにも。

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2010年3月16日 (火)

本当は弱いんです

 一昨晩から熱を出していた息子が、ようやく元気になりました。昨晩は39.4度まで上がり苦しそうでしたので、熱が下がったときは本当にうれしかったです。息子が元気になると、看病で疲れ気味だったぼくも元気が出ました。親とは単純なものです。

 土曜日に会った元同僚に「早寝早起き玄米生活~がんとムスメと、時々、旦那~」というブログを紹介してもらいました。運営者の安武信吾さんは西日本新聞の元記者で、現在は事業局出版部にお勤めです。このブログはがん闘病中の奥様が始めたもので、2008年6月13日を最後に更新が止まりました。そして1か月後の7月12日、安武さんが「安らかに眠りました」と奥様が前日に亡くなられたことを報告しています。奥様は33歳でした。以後、安武さんが引き継ぐ形で当時5歳の娘さんとの二人の暮らしをつづっています。7月20日に次のような一文がありました。勝手にですが引用させていただきます(一部を抜き出して誤解を招くと申し訳ありませんで、7月20日の全文もお読みください)。

  さくらが心配していた、予想が的中しました。
  旦那は、本当に情けないくらい弱っちいのです。

 さくらさんとは奥様のペンネームです。これは、妻が死んだ日から今日までぼくがずっと感じていることでした。ぼくも「安定剤を飲み、酒を飲み」ました。それでも「息苦しくなり。かつて、経験したことのない苦しみが続いて」いましたし、ぼくが弱いからそうなるのだろうと思っていました。ぼくの周囲には強い人が多く、彼らならばぼくのように心が折れないだろうなと考えると余計に情けなくなりました。そして、ぼくは自分の弱さを口にすることが出来ませんでした。理由は分かりません。決して認めたくなかったわけではありません。むしろ大声で叫びたいくらいでした。

 安武さんの一文を読ませてもらって、今さらながら「情けないくらい弱っちいのです」から再出発すべきだったと考えています。安武さんはその後の活動で弱くないことを証明されていますが、ぼくは実際のところ本当に弱い。それも情けないくらいに。それまでのぼくは傲慢で自信家でした。自分の足だけでここまで歩いて来たと思っていました。しかし、その自信は吹けば飛ぶような軽いものでした。だから今日、正直に言います。「ぼくは、本当は弱いんです」と。今のぼくに多くを期待しないでください。ぼくに難しいことを言わないでください。ぼくにこれ以上、背負わせないでください。

 ぼくが敬愛する格闘家の桜庭和志は「プロレスラーは、本当は強いんです」と言ってのけました。対照的ですが、ぼくは「本当は弱いんです」から出直します。そして、少しずつでも強くなりたいと考えています。息子と妻と、時々、自分のために。

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2010年3月12日 (金)

想像力

 ぼくは、あなたの気持ちになれません。あなたは、ぼくの心が分からないでしょう。あなたとぼくはそれぞれ別の人格ですので、それは仕方のないことです。ただ、人には想像する力があります。ぼくらは互いのことを知りたいと思うとき、それぞれの想像力のスイッチをオンにします。

 丘の上にある病院の一番奥の部屋から一日中、空に浮かぶ雲を眺めていたあの夏の日以来ずっと考えています。人と人をつなぐもの、それが想像力だと思います。例えば、生まれも育ちも違う二人が出会うとします。互いにまず「この人はどんな人なんだろう」と想像することでしょう。それはあくまでも想像で、本当の人物とは似ても似つかないかもしれません。これまでの環境の違いのために理解できないことがあるかもしれません。それが想像の回数を重ねることによって人物像は修正され、本来の姿が見えてくるに違いありません。その過程で共感が生まれれば友達になり仲間になり、男女ならば恋人同士になるのでしょう。

 ぼくらはすべての人に対して想像力を働かせるわけではありません。他人に対しては徹底的に無関心、もしくは無関心を装うことが多い。ぼくには、目の前に困っている人がいたにもかかわらず見て見ぬふりをした経験が少なくありません。「困っているんだろうな」ということは想像できますが、そこで止まってしまいます。「助けたら喜ぶだろうな」とまでは想像しません。残念ですが、これも仕方のないことだと思います。

 この1年、ぼくと息子は多くの方の想像力に助けてもらいました。思いやりと言った方がいいでしょうか。突然訪れた38歳の男と4歳の子どもの二人だけの暮らしを想像して、「大変でしょう」「がんばって」と声を掛けてくれた職場のみなさん。困っていることに対して適切な助言をくれた友人たち。このブログにコメントをくれるみなさんの存在もありがたく感じています。一方で、想像してもらえると(勝手に)思っていた人に関心を持ってもらえず、落ち込むこともありました。今ならそれは甘えであり他人に期待するほうが間違っていると理解できるのですが、正直なところそのときは恨んだりもしました。

 それでも、とぼくは思います。やはりみなさんの想像力を求めてしまいます。このブログもその気持ちの表れの一つでしょう。同時に、みなさんに対して想像力を使ってきただろうかと自問しています。もらってばかりだったのではないだろうかと。みなさんはそれぞれの立場でがんばっています。しかし、みなさんの状況を想像するには、ぼくの持つ知識や経験では及ばないこともあります。ですので、みなさんの言葉を聞きたいと思っています。その意味を時間をかけて考えてみたい。そして、みなさんと想像力を交換し合えるような関係を築いていきたい。1年が過ぎた今、心からそう願っています。

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2010年3月 9日 (火)

裏切り者

 風呂の中では、息子としりとりをします。今夜もしりとりの「り」から始まって、りんご…と続いていきました。息子が「うさぎ」と言うので、ぼくが「ぎんこう」。すると息子が「また、『う』かあ。う、う、うらぎりもの!」「えっ、何?」「だけん、うらぎりもの」「…。裏切り者なあ。まあ、いいわ。それで『の』な。の、の、のど」「『ど』かあ。ど、ど、どく!」「毒? 本気か、お前。やっぱり裏切り者とか毒はわりいわ」とぼく。息子は「だって、仮面ライダーはショッカーの裏切り者っち言いよったよ」「じゃあ、毒も仮面ライダーか」「そうで。ドクガンダーとかドクキノコとか出るんで」。

 次にクイズをしました。ぼくが「クーイズクイズ、なーんのクイズ。果物クイズです。オレンジ色で丸い果物は何?」と出題すると、息子が「うーん。みかん!」。「ブー。柿でーす」とぼくが正解を言います。「ずりい。柿っち言ったらみかんっち言うつもりやったんやろお」「違いまーす。ブーでーす」。すると息子が「くそお、今度はぼくが出すな。クーイズクイズ、なーんのクイズ。果物クイズです。ぼくのおしりと同じ形の果物は何でしょう」。「そりゃあ、ももやろ」と答えると、「ピンポーン。正解でーす」。

 先ほどのしりとりはぼくの全勝でしたので、もう一度しました。息子が「さる」。「る、る、る、なあ。お父さん、分からんわ」。たまには負けてやらなければなりません。ぼくが「降参」と言うと、「だめやなあ、お父さんは。頭よくねえなあ」。

 風呂上りには、いつも牛乳を飲みます。息子は夕食で牛乳を飲んでいたので「今日は牛乳やねえで、カルピスにしちゃろうか」とぼくが言うと、「えっ、ほんと」と目を輝かせます。「そうやな、お父さんに好き好き(わが家では頬ずりのこと)をして、お父さんと一生仲良くしますっち約束したらカルピスにしちゃん」「するする。お父さん、大好きー」。そう言って頬ずりをしてくれました。そして、カルピスを作って渡すと、「これ、味がせんわ。うしいわあ。お父さんはだめやなあ」。

 わが家では、こうして夜が更けていきます。今夜の息子の就寝は10時過ぎ。二人で遊びすぎました。

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2010年3月 4日 (木)

今日みたいなお父さんがいい

 息子の熱が下がりました。一安心です。今はスヤスヤと眠っています。ぼくも看病疲れで眠いのですが、どうしても書きたいことがあってPCに向かっています。

 寝かせつけていたら、息子が「ぼくな、今日みたいなお父さんがいい」と言って泣き出しました。「どんなお父さん?」と聞くと、「今日はな、がんばらんでいいよっち言いよった」。そして「一緒におってくれて、ポカリ持って来ようかっち言ってくれよった」と涙を流しました。「いつものお父さんは怖いんか?」とぼく。すると、小さな声で「うん。でも、お父さんが大好き」。そう言うと息子は、クスリが聞いているのか、すぐに眠りました。ぼくは寝顔を見ながら、いくつかのことを考えました。

 確かに「がんばれ」とよく言います。それが息子には少なからずプレッシャーになっていたのでしょう。そのぼくが「今日は病気やけん、がんばらんでいいんで。好きなことを何でも言いよ」と言ったので、驚いたのかもしれません。しかし、「がんばれ」と言うことをやめようとは思いません。だって、がんばってほしいですから。ぼくが息子に「がんばれ」と言うときは、「お父さんもがんばるから、一緒にがんばろう」という思いを込めています。ぼく自身を鼓舞する意味もあるわけです。。
 確かによく怒ります。これは仕方ありません。だって、家事で手一杯のところにわがままを言われると怒りたくもなります。息子が怖がるのも分かります。ただし、そのときはなぜ怒っているか理由を説明するようにしています。
 確かに息子はぼくが大好きです。今日は自分のために会社を休んでくれて、ひねもす自分のためだけに時間を使ってくれたことが何よりもうれしかったようです。息子は「ぼくな、お熱があるときの方がいいわ」と言っていました。息子は愛情を欲しています。ほかの誰からでもないぼくからの愛情を。それはぼくも分かっています。今は気持ちと時間を最大限、息子へ向けるようにしています。しかし、息子にはまだ足りないようです。そりゃそうです。本当なら、二人から愛情を注いでもらえたでしょうから。
 そして、確かに人に恵まれています。会社を休もうかどうか悩んでいたら、「中山さんが休んだ日のことを会社の人は忘れるけど、息子さんはその日を忘れないでしょうから」とメールを送ってくれた職場の仲間。深夜の2時に「いまから点滴をしに行くから」と言ってくれた高校時代の同級生の医師。ツイッターでつぶやくと心配してメッセージをくれた遠くに住む友人と一度も会ったことのないフォロワーの方々。みなさん、ありがとうございました。とくに“未だ見ぬ友人”たちの言葉には、人の暖かさとソーシャルメディアの可能性を感じました。

 昨晩、昼寝のとき、そして今晩と、息子の寝顔をこんなに真剣に見つめたのは久しぶりのような気がします。疲れましたが、ぼくらの暮らしを見つめなおす機会にもなりました。

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2010年3月 2日 (火)

発熱

 息子が熱を出しました。昨朝から咳と鼻水が気になっていたのですが、昨日は保育所に行かせました。それがいけなかったのかもしれません。
 今朝、小児科に連れて行って保育所は休ませました。そして、母と妹にあずかってもらいました。

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