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2010年4月30日 (金)

ごめんなさい

 自転車で保育所から帰り着くと、息子が「あんな、いいものがあるんで」とカバンから本を取り出しました。書き込みができる字の練習帳のようです。「これな、保育所でこそっともらったんで」。ぼくは「えっ」と思いました。「それっち、みんなにくれたんやねえんか」と聞きました。息子は「違うよ」。「お前、取ったんか」と問い詰めると息子は、「Sくんも取ったんで」と泣き出しました。
 ぼくは、「返しに行くぞ」と息子をクルマに乗せました。車中で「お父さんはな、人のものを取る子は好かんっち言いよんやろ。お前、夕飯なしや」と叱りました。息子は泣いてばかりです。保育所に着くと3月までの担任の先生がいました。ぼくが謝って返すと、先生は「何か理由があるんやろ。そんなことをする子やないけん、あんまり怒らんで」と息子をかばってくれました。息子はさらに大泣きで息苦しそうでした。

 帰りの車中、息子は「お父さん、ごめんなさい」と謝り続けましたが、ぼくは「もう知らん」と突き放しました。夕食の準備をしている間も「お前なんか知らん。あっち行け」。それでも台所に立っているぼくのところにきて「ごめんなさい」。それを何度、繰り返したでしょうか。ぼくは「もう、人のものを取らんっち約束できるか」と、息子を目を見つめました。「うん。約束する」と息子。「分かった。お母さんに『もう、しません』っち言って来い。お母さんもお空で怒りよんで」と僕が言うと、仏壇に向かって「ごめんなさい」と頭を下げていました。夕飯を食べながら、息子がつぶやきました。「ぼくな、字の練習がしたかったんや」。ぼくが「それやったら、お父さんに言いよ。本屋に行って買っちゃんけん」と言うと、「そうする。ごめんなさい」とまた謝りました。

 息子が大きくなるまでにはいろいろとあるでしょうが、忘れられない事件の一つになりそうです。まだまだ小さいと思っていましたが、育児が次の段階に入ったことを感じました。「一人親だから」と言われないように、親として言うべきはしっかり言っていきたいと思っています。

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2010年4月29日 (木)

朝食は目玉焼きトーストに

 息子は最近、ぼくが夕食の準備をしている間に「天空の城ラピュタ」のDVDを観ています。先日、こんなことを言っていました。「この男の子な、お父さんとお母さんが死んでしまったけん、自分でご飯を作りよんので」「女の子もな、お父さんとお母さんがおらんので」。ぼくは深く考えずに「お前もお父さんが死んだら自分でご飯を作らんとわりいけん、作り方を見ちょきよ」と返しました。息子は「そうなん」と言って、不安そうな顔をしました。ぼくの余計な一言でした。ぼくはすぐに「うそうそ。大丈夫で。お父さんは死なんけんな。心配するな」と続けました。

 今朝は「ラピュタ」の男の子が作っていた目玉焼き乗せトーストにしました。息子に意地悪を言ったお詫びです。クックパッドにレシピがありました。食べながら、もう一度言いました。「お前が大きくなるまで、ご飯はお父さんが作るけん心配するなよ」と。そして、「でもな、お手伝いはせんといけんので」と、しっかりしつけも。

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2010年4月25日 (日)

神楽大会

 神楽好きの息子にせがまれて、大分文化会館であった大分県神楽大会に行ってきました。保育所の神楽仲間?も一緒です。
 午前9時30分に始まって、終演は午後8時の予定です。とりあえず息子が飽きるまで見せてやろうと思っていました。すると意外にも昼過ぎに「もう帰ろうよ」と席を立ちました。神楽大会は隔年開催で2年前にも来ましたが、そのときは「まだ帰りたくない」と夕方まで粘っていたのに。
 会場を出ると、息子は「おうちに帰って神楽をするんで」。どうやら自分で舞いたくなったようです。家に着くと早速、友人と「国司」を舞い始めました。「そんなに好きなら、神楽座に入れてもらえばいいに」とぼくが言うと、「それは嫌や」。自己流がいいようなのです。それからしばらく、二人で舞っていました。

 そうそう。会場の大分文化会館を出た息子は、「前に来たときは、お母さんが作ってくれたお弁当を持って来て、お父さんとあそこで食べたなあ。おいしかったなあ」と芝生を指差していました。ぼくは、覚えていてくれてうれしく思いました。

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2010年4月17日 (土)

初めてのカラオケ

 息子が一緒に遊ぼうと思っていた近所の友達は、別府アルゲリッチ音楽祭に行ったとのことで留守でした。帰ってきた息子は残念そうでした。そこで、わが家でも音楽祭を開催することにしました。名付けて「中山家仮面ライダー音楽祭」。何のことはありません。二人で近所のカラオケボックスに行っただけのことです。
 息子にとっては、はじめてのカラオケでした。とりあえずビールとカルピスをオーダーして、仮面ライダー1号のテーマを予約しました。イントロが始まると息子は「あっ、DVDと一緒や!」と驚いていました。最初こそ「お父さんが歌ってよ」と恥ずかしがっていたのですが、すぐに「お父さんは歌わんで!」と夢中に。その後は昭和のライダーのテーマをすべて歌って、ディケイドや最新のダブルも熱唱していました(写真)。

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 ぼくも息子に時間をもらって(笑)、クレージーケンバンドの「タイガー&ドラゴン」やザ・コレクターズの「僕はコレクター」を歌いました。息子は侍戦隊シンケンジャー、ドラえもんと続けました。アンコールはアンパンマンのテーマ。大満足の息子でした。
 帰りの自転車で、「お父さん、歌っち楽しいなあ」と言っていました。息子に音楽を押し付ける気はありませんが、音を楽しんでくれるならばうれしく思います。

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2010年4月15日 (木)

青い鳥

 保育所から帰り着くと、息子が「お父さん、カバンの中を見ていいよ」。そこにはたくさんの紙飛行機が入っていました。その数、24。「ぜーんぶ、ぼくが折ったんで」と自慢げです。
 そのうちの二つには、クーピーで色が着けられていました。「それはな、鳥や」。確かに目とくちばしが描かれていました。体は青です。「青い鳥なんよ。青い鳥は幸せを運んで来るっちおばちゃんが言いよった」。そして、「ぼくな、お父さんとぼくと、それとお母さんが幸せになれますようにっち考えながら折ったんで」と言います。ぼくは「そうやな。きっとお前は幸せになれるわ」と答えました。2羽の青い鳥は、仏さまに供えました。

 食後に青い鳥以外の紙飛行機を飛ばしました。まともに飛んだのは一つだけで、あとはすぐに墜落。息子は「なんでやろか」と悔しがっていました。週末にでも、正しい折り方を教えてやろうと思います。

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2010年4月13日 (火)

二人家族

 朝刊に釣具店のチラシが折り込まれていました。息子は釣りに興味を持っていて、チラシを食い入るように見ていました。「お父さん、ここにファミリーフィッシングっち書いちょんよ。それっち何?」と聞いてきました。「ファミリーっちいうのは家族っちいうことやな。だけん家族みんなで釣りに行こうっちことやな」と説明したら、「それやったら、ぼくは行けんな」と言います。「何で?」「だって、ぼくには家族がおらんやろ」「お父さんがおるやろ。お父さんとお前で家族やろ」「それでもいいん?」「いいに決まっちょんやろ」。
 家族という言葉から息子は、両親がいて兄弟がいてという一般的な構成をイメージしたようです。しかし、二人でも家族には違いありません。ぼくは「うちはな、二人家族やけど楽しくやりよんやろ。何にも恥ずかしくないんで」と言って、「5月のお休みが続くときに、お父さんとファミリーフィッシングしような」と約束しました。

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 今夜は市内の神社であった春季大祭に行きました。スーパーで買った弁当を食べながら奉納神楽を見物しました(写真)。息子が選んだチキンカツ弁当は、なんと350円。さらに夕方のセールで2割引きに。自宅で夕飯を作るより、はるかに安い! 出費を抑えるために慣れない手つきで料理をしているのですが、少し嫌になりました。

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2010年4月 6日 (火)

夢で逢えたら

 保育園児の息子は進級して、今月から年長組になりました。新入児も加わり、まだ雰囲気が落ち着かないようです。
 互いにそれぞれの環境を探っている時期なのでしょうか。仕事を終えて迎えに行くと、同じ組の男の子がぼくに聞いてきました。息子は少し離れたところで遊んでいました。「ねえねえ、中山くんのお父さん。中山くんのお母さんが死んだっち本当?」。ぼくは彼の目線まで腰を落として答えました。「本当で。でもな、中山くんはいつも元気やろ。これからも仲よく遊んでな」。その子は「分かった」とうなずきましたが、複雑な表情をしていました。母親がいないということを自分に置きかえて想像しているようでした。

 帰り道、自転車をこぎながら息子に聞きました。「今日な、誰かにお母さんのことを聞かれたか?」「聞かれたよ。だけん、死んだっち言った」「そうか…」。ぼくは言葉に詰まりました。そして、少し考えて「ちゃんと言えたな。えらいぞ」と続けました。

 わが家では毎日、妻の話をします。今夜もしました。息子が風呂でふざけるので、「お父さんの言うことを聞かんのなら、お母さんに怒ってもらうけんな。夢に出てきて『こらっ!』っち言われるわ」と脅しました。息子は「えー、こえーなあ」と言いながら、少しうれしそうでした。

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2010年4月 3日 (土)

巣立ち

 高校の同級生の長男が県外の中学校に進学しました。親元を離れての寮生活になります。お祝いを持って行ったのですが、そのとき友人が言っていました。「本人が受験したいと言い出して、それで努力して合格したんだから、もちろんうれしいよ。ただ、もう一緒に住むことがないと思うと寂しくてね。12年なんて、あっという間だった」。そして、「子どもが小さいころは仕事が忙しくて、子どもが眠った後に帰宅して起きる前に出勤していたからなあ。やっと時間がとれるようになったと思ったら、もう出て行くんだから。二度と家族4人(次男がいます)で暮らすことがないと考えると複雑だよ」と。
 難関校に合格して巣立って行くのだから喜びばかりだろうと思っていましたが、進学は親子の別れでもあったのです。いくら親子といえども、いつか別れが来ます。それにしても、互いの人生のうち12年しか一緒に暮らせないとは。親子の絆の深さは一緒に過ごした時間だけでは計れないでしょうが、そう考えると確かに「あっという間」だったのかもしれません。友人の長男は将来の目標に向かって新たな一歩を踏み出しました。友人は寂しさを我慢して、笑顔で送り出したそうです。

 「あとどのくらい息子と暮らせるのだろうか」と、ぼくは考えました。友人の長男のように中学受験なんてことになったらどうしようかと。これまでは、息子が大学に進学するまではこの家にいるのだろうなと、ぼんやりとですが思っていました。悲しいだろうな、会社を辞めてついて行こうかな、なんて想像してみましたが止めました。それはそのときが来たら考えることにしました。いまは息子とできるだけ多くの時間を過ごすことだけを考えます。もし、そのときが思ったより早く来ても後悔しないように。

 年長組になったとはいえ、まだまだぼくに甘えてばかりです。先ほども商店街で「ぼく、もう歩けん。おんぶして」と困らせました。昨晩は「ぼくな、お父さんとずっと一緒におる」と言っていました。息子がこの家から巣立っていく日が来るなんて、いまは信じられません。

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