« 妻のこと | トップページ | 夕食は肉じゃがに »

2010年6月20日 (日)

そして人生は続く

 今回の記事で「朝食はフレンチトーストに」は終了します。「はじめまして」でスタートして1年が過ぎました。ブログを始めたのには、いくつか理由がありました。

 昨年の冬に妻を亡くし、息子と二人だけの暮らしとなりました。当初、周囲からの意見があって4歳になったばかりの息子には母親の死を知らせていませんでした。しかし、息子の前では妻の話題を避ける周囲の人たちの対応に、ぼくは「このままではいけない」と思いました。息子には死んだという事実を伝え、空から見守ってくれているはずだと教えるべきだと。
 ぼくは百日法要の前に菩提寺の本堂を借りて、息子に話しました。「いいか。これからお父さんが言うことは、とっても大事なことやけん、ちゃんと聞くんよ」。息子はにぶい光を放つ如来像が支配する空間に落ち着かないようでした。「あんな、お前のお母さんな、病気で死んでしまったんよ。死ぬっち分かるか」。息子は「分からん」。「もうな、息をせんごとなって動かんくなるんや。それでな、天国に行ってしまったんや」。息子は何も答えませんでした。おそらく、死を正確には理解できていなかったでしょう。それでも、遠くの病院で治療していると聞かされていた自分の母親が、もう目前に現れることがないことは分かったようでした。息子はうっすらと涙を浮かべ、静かにぼくに抱きついてきました。ぼくは息子を抱きしめました。抱きしめていた数分間が、1時間にも2時間にも感じられました。それが昨年の5月のことでした。

 それから、本当の意味でのぼくと息子の二人の生活が始まりました。息子は、周囲が心配していたように心に暗い影を落とすこともなく、日々の暮らしに笑顔を絶やしませんでした。
 母親の不在に対しての不安感を吐露することはありましたが、息子は状況を受け入れようとする気持ちも言葉にしました。その言葉にぼくは、いつも勇気付けられました。ぼくはそんな息子の言葉を残したいと思いました。そして、大変ではあるけど二人で楽しく暮らしていることを知ってもらいたいとも。その思いがこのブログとなりました。

 とは言うものの、1年前を振り返ると苦闘の日々でもありました。喪失感に悩まされ、責任に押しつぶされそうになり、孤独感にさいなまれて、理解できない病気にもなりました。息子に習って笑顔を絶やさないよう努力していましたが、実はいつもいら立っていました。神さま(がいるのかどうか、今のぼくには分かりませんが…)さえも恨みました。それから、何とかここまで立ち直りました。
 この1年の親子の歩みは特別です。とても大切な時間であり、もうこんな時間を過ごしたくないとも思います。そんな1年を記録したこのブログも、ぼくにとって特別な場所でした。やがて、特別がゆえに封印したいと思うようになりました。ここを卒業して次のステージに進みたいと考えたのです。このブログは本にして残します。息子がこの家を巣立っていくときに渡そうと思います。

 ブログを始めたころは、心がからっぽでした。一年前の記事を読み返すと、言葉にできない沈み込んだ感覚がよみがえります。ブログを始めたのは、親子の時間を記録したいという思いのほか、自信を取り戻したいという気持ちからでした。当時は、やりがいを感じていた仕事から志半ばで離れてしまい五里霧中の状態でしたし、プライベートでも喪失感と闘っていました。そんな中、自信と呼べるほどのものはありませんでしたが、曲りなりにも形にできることといったら、文章を書くことくらいでした。ぼくにとっての「朝食はフレンチトーストに」は、運命に対しての反撃ののろしだったのです。

 そして、文章を綴ることで自分の弱さを認められるようになりました。親の弱さはいら立ちとなって、その矛先は子どもに向かいます。育児に関しては、結果ではなく過程に重きを置き、その過程を見守りたいと思っています。しかし、ストレスでどうにもならなくなると、待てなくなるのです。うまくできないこと、スムーズに進まないことに対していら立ちが募ってきます。ぼくが「風呂に入るぞ」と言えば、息子は「えー、まだ入りたくない」と答えます。待てないぼくが「もういい。お前は入らんでいい!」と怒鳴ると、息子は泣き出します。なぜ「まだ風呂に入りたくない」のか理由を聞く余裕すらないのです。未だにそんなことを繰り返す日々ではありますが、少しずつでも頼れる父親になれるように努力したいと思っています。

 当初はこんなに多くの方が訪れてくれるようになるとは思ってもみませんでした。コメント欄に救われることも少なくありませんでした。みなさんの言葉のおかげで、内に閉じこもることもなくがんばれたのだと思います。相談相手が限られる上に、ぼくは教えを請うことが得意ではありません。そんなぼくがブログで不安や悩みを吐露すると、親身になってアドバイスをくれました。孤独に負けそうなときは、温かい言葉をかけてくれました。らっちさん、kuriさん、まつさん、久住コウさん、湯さん、そのさん、Black Treeさん、ことりさん、きさん、かめごんさん、abcさん、アベシさん、かめポンさん、むーにゃんさん、Kさん、taketomoさん、こやぎさん、gaiuspliniusさん、sakura4703さん、あずさん、あかりさん、へいさん、のべさん。みなさんの言葉のおかげでここまでたどり着きました。ありがとうございました。

 それにしても、です。人生はプラン通りに進みません。どうせ思い通りにならない人生なのだから、好き勝手にさせてもらいます。このブログは終了しますが、またどこかで反撃ののろしをあげたいと思っています。次もキーワードはフレンチトーストです。フレンチトーストと中山カオルを覚えておいてください。

 一年間、本当にありがとうございました。それでは。
 「あとがき」にかえて。

|

« 妻のこと | トップページ | 夕食は肉じゃがに »

コメント

”クレイマー クレイマー””フレンチトースト”というキーワードでたどり着いて読み始めた中山さんのブログの、”父ひとり息子ひとり”という生活に、実は当初、自分の想像する近い将来の生活像を投影していました。

僕も同じ歳の妻も、互いに不器用な性格のため、いろいろな事での衝突が絶えません。それが高じて1年前に、僕自身は小さい息子を連れて、妻とは離れて九州の実家に帰って暮らすことを決意したことがあります。(ただすぐにそうするということではなくて、1年半くらい時間をかけてその準備をする、ということの決意ではありました。)

そしてその決意の直後に息子の障がいのことが判り、今もそしてこれからも3人での暮らしは続いていきます。妻だけではなく息子とも日々衝突しながら、それでも”人は誰も完璧にはなれない”という気持ちを大事にしながら何とかやってきています。心がボロボロになることもしょっちゅうではありますが、そんな時には来世の理想のライフプランを思い描くようにして頑張っています(苦笑)。

僕も中山さんと同じく「息子を残しては死ねない」と思っています。いろいろな理由で、息子に妹弟を作ることもないでしょう。
妻がいる・いない、障害がある・ない、それらの違いを、互いが歩んでいたかもしれない人生として共有・共感し、かつ何かを伝えることができるなら、それがソーシャルメディアの価値だと思います。

さよならではないですね。これからもどうぞよろしくお願いします。

投稿: むーにゃん | 2010年6月20日 (日) 17時42分

こちらへ来させて頂くようになってから、まだほんの少しで、息子さんとの心温まるエピソードを垣間見させて頂けるのを楽しみにしていましたので、正直寂しく思っていました。
でも、奥様のこと、そしてもう一歩先に進もうとされていること、読ませて頂き、差し出がましいですが、今は心からがんばってくださいという気持ちでいます。
このネット時代、不思議なご縁です。中山さんの人生のほんの少しを覗かせて頂いただけなのに、私はきっとこの出会を忘れないだろうと思います。
お互いこれから長いですね!息子のことは、私にとって悩みではありますが、励みであり、生き甲斐です。これから先、どんな困難が待ちかまえているのか、考えれば考えるほど怖くなりますが、この空の下、どこかで一生懸命生きている中山さん親子の姿を思いながら、私もがんばりたいと思います。
ありがとうございました!キーワード、しつこく探しますよ(笑)!また、お会いできたら、うれしいです!

投稿: あず | 2010年6月21日 (月) 10時38分

私が中山さんのブログにコメントを送らせてもらうのは二回目になります。
ブログを知ったとき、何も考えずにただ夢中になって送りました。
あまりパソコン自体得意ではない自分ですが、中山さんと息子さんと接点を少しでも持ちたいと思い…

でも私の中に、奥様との深いつながりでの心の葛藤があり…いつもブログを拝見させて頂いては見守ることしかできませんでした。

時には励まされ、時には泣いて…お二人の心の葛藤や日々の暮らしに、私の方がたくさん背中を押して頂きました。

一昨日、娘の同級生のお母さんが脳溢血で突然亡くなりました。
34歳でした…

中山さんの奥様の事を知ったとき、まさかと…神隠しにあったとしか信じられず…
人生にはまさかの坂が三回あると言うけれど、そんなものではない。

どんな人にも神様からの試練がいくつもあって、人生はさまざまな場面で上ったり下がったりの繰り返しで、たくさんの人から支えられて前に進めるのかと思うようになりました。

人とのつながりをとても大切にされてきた奥様の想いを私なりに受け継いでいきたいですし、これからも中山さん、息子さんと共に悩みあい励まし合いながら前に向かって生きたいです。

奥様が残されたたくさんの宝物に感謝します。


かめごん

投稿: かめごん | 2010年6月21日 (月) 23時38分

 ツイッターとブログで思えば不思議なご縁でつながりました。「人と人をつなぐメディア」ですね。本業もかくありたし、と考えています。
 「反撃ののろし」お待ちしています(中津出身の松下竜一さんの「狼煙を見よ」ですね)。

投稿: yuheipapa | 2010年6月22日 (火) 01時19分

むーにゃんさん

思えば、むーにゃんさんと“つながった”ことで本当に意味でのソーシャルメディアになりました。「違いを互いが歩んでいたかもしれない人生として共有・共感し、かつ何かを伝えることができるなら、それがソーシャルメディアの価値だと思います」という言葉に感銘を受けました。

いつしか、障害と向き合う方たちがコメントを寄せてくれるようになりました。それまで障害に関する記事を書いたこともなかったのに、です。みなさんはぼくら親子の暮らしぶりに何かを見出してくれたのでしょう。それは、人として生まれてきた意味を本気で考えたことのある者しか持ちえない想像力によってだと思っています。ぼくら親子はみなさんの気持ちに励まされました。その一方で、ぼくの想像力は不足していたように思います。自分が歩んでいたかもしれない人生として共有・共感できていたのでしょうか。この一年を振り返りながら考えているところです。

人々はスタンダード(とされているもの)を中心に置くことで安心を得ます。「普通の方が都合がいいから」「間違いが少ないから」など理由はいろいろとあるでしょう。しかし、その考え方は周辺部の立場をさらに遠くへ追いやります。ぼくは普通って一体何だろうと考えます。障害があるってことは普通から外れることなのか。母親がいないことは普通ではないのか。それはいけないことなのか。父親が二人分の愛情を注いでも普通ではないのか、と。そして今、これまで考えていたことは間違っていなかったとの思いを強めています。それは、普通なんてクソッタレだということです。想像力のあるみなさんには共感してもらえるのではないかと勝手に思っています。

このブログは幕を引きますが、ツイッターもありますしmixiもあります。これからもよろしくお願いいたします。

※7月1日に一部を差し替えました。

投稿: 中山カオル | 2010年6月27日 (日) 03時42分

あずさん

以前いただたコメントの言葉が忘れられません。息子さんの障害について「その十字架の重さにつぶされそうになることがあり、落ち込んだり、腹を立てたり、卑屈になったり。とにかく、その時その時を、地を這うように、生きているような気がします」とありました。ブログを読ませていただく中で、あずさんが(適切な言葉ではないかもしれませんが)闘っている姿を勝手に想像しました。負けそうになることも心が折れそうになることもあるでしょう。それでも闘い続けなければならないですよね。なぜなら、そこに息子さんがいるから。

ぼくも、同じ空の下であずさん親子がかんばっている姿を考えたりします。そして、歯を食いしばる時間が少しでも減って、落ち着いた気持ちで過ごせる時間が増えるように祈っています。

これまで、本当にありがとうございました。ブログはこれからも読ませていただきますね。

投稿: 中山カオル | 2010年6月27日 (日) 23時27分

かめごんさん

妻はかめごんさんとの交流を大切にしていました。妻のよき相談相手になっていただいたことを感謝しております。

妻は人と人をつなぐことに喜びを感じていました。頼まれていないことまでも、人の喜ぶ顔が見たいということで東奔西走していました。たくさんの方が仏前に感謝の言葉を残してくださいました。今、あらためて妻の心の豊かさを感じているところです。

これからも親子ともどもよろしくお願いいたします。近いうちにお会いできればと思っております。

投稿: 中山カオル | 2010年6月30日 (水) 00時29分

yuheipapaさん

お世話になります(笑)。
本業は異動して3カ月。悪戦苦闘の毎日です。一方で、以前の職場を客観的に見ることができるようになりました。このままではいけないなという思いを強くしています。このブログにも書きましたが、新たな一歩を踏み出せるように外から仕掛けていきたいと考えています。

10年近く前ですが、松下竜一さんの話を聞く機会がありました。松下さんは自著「風成の女たち」の一節を朗読して、涙を流していました。執筆当時を思い出したのでしょうか。わたしも自分で泣けるほど心のこもった仕事を残したいと思ったものでした。

yuheipapaさんのブログを楽しみにしております。ツイッターやmixiなどつながりのチャンネルは他にもありますね。これからもよろしくお願いします。いつかお会いできればと願っております。

投稿: 中山カオル | 2010年7月 1日 (木) 22時58分

お知らせです。

次のブログを始めるまで、mixi日記に「親子の日々」の続編をつづります。mixiに登録している方は「中山カオル」を探してみてください。
登録していない方は、http://mixi.jp/ まで。

投稿: 中山カオル | 2010年7月 3日 (土) 00時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1226197/35328740

この記事へのトラックバック一覧です: そして人生は続く:

« 妻のこと | トップページ | 夕食は肉じゃがに »